毎週金曜日、夜9時からおおくりしている最新シネマ情報番組「とっておきシネマ」の鳥飼美紀です。
今週は、人間の倫理観を問うサスペンス劇「英雄の証明」という作品をご紹介しました。
【STORY】
借金を返せなかった罪で服役している、囚人ラヒム。
ある時、彼の婚約者が金貨入りのバッグを拾う。
借金を返済さえすれば出所できるラヒムは、その金貨を元手にして訴訟を取り下げてもらおうとする。
しかし示談交渉は失敗してしまう。
罪悪感を持ち始めたラヒムは、金貨を落とし主に返すことを決意する。
すると、そのささやかな善行はメディアに報じられ大反響を呼び、“正直者の囚人”という美談の英雄に祭り上げられていく。
借金返済のための寄付金が殺到し、出所後の就職先も斡旋されたラヒムは、未来への希望に胸をふくらませる。
ところがSNSを介して広まったある噂をきっかけに状況は一変し、周囲の騒ぎに翻弄され、汚された名誉挽回のためラヒムはある嘘をついてしまう……。
【REVIEW】
物語の舞台は数多くの古代遺跡が現存するイラン南西部の古都シラーズ。
冒頭、休暇をもらって刑務所から出てきたラヒムが真っ先に訪ねた場所は、義兄が修復作業に従事している世界遺産ペルセポリスの遺跡だ。
ラヒムはバツイチで、服役中は一人息子を姉の家で預かってもらっていて、姉の夫である義兄はラヒムを親身になって心配してくれている。
一方、借金の相手というのがラヒムの元妻の兄で、こちらの義兄はこれまで何があったのかわからないが、全くラヒムの人間性を信用していない。
ラヒムという一人の人間を見る角度が違うと、全く異なる人間性が垣間見えてくるのかもしれない。
まず、元妻の兄に借りた金を返さなかったというのは、人間性を疑われても仕方がない。
しかし、拾った金貨入りのバッグを持ち主に返したことで「正直な囚人」と称えられる。
ただ、ラヒムはなぜかメディアに取り上げられる可能性のある方法で、持ち主に金貨を返す。
それは何か意図があったのか、それとも何も意図はなかったのか?
そして、追い詰められてつい嘘をついてしまう弱さ……。
全く正義だけの人ではないし、どちらかというとグレーにも思えるラヒムの行動。
このグレーということがとても現実的で、人間は一つの色では表せない複雑なものだと、あらためて思う。
我が国日本では、ものを拾ったら届け出るのは当然のことで、メディアで称賛されるほどのことではない。
しかしこの物語の中では、囚人だったラヒムが、その行動でいきなり“英雄”となり、次の瞬間にはその座から引きずり降ろされる。
ラヒムの運命を通して描かれる騒動は、SNSやメディアが大きく影響する現代そのものが映し出されていて、滑稽でもあり恐怖でもある。
監督・製作・脚本:アスガー・ファルハディ
出演:アミル・ジャディディ モーセン・タナバンデ サハル・ゴルデュースト
2021年/イラン・フランス/127分/配給:シンカ
https://synca.jp/ahero/
4月1日(金)~全国順次公開 関西の劇場は、京都シネマ、シネマート心斎橋 シネリーブル梅田 シネリーブル神戸(4/8~)など。