【水谷さんのおすすめ曲】
「水谷幸志のジャズの肖像画よもやま話」では、ハニーFMのフリーペーパー「HONEY」vol.12〜32に掲載されていた水谷さんのコラム「水谷幸志のジャズの肖像画」では書ききれなかったエピソードや時代背景などをゆったりと振り返りながらお送りします(再生ボタン▶を押すと番組が始まります)
今回はアメリカのヴァイブラフォン奏者、ミルト・ジャクソンを特集した「HONEY vol.25 春号」を振り返ります。
水谷さんのお庭の様子、ミルト・ジャクソンを取り上げた当時のコラムと一緒にお話しいただきました。
「HONEY」vol.25「JAZZの肖像画」
くねくねと曲がりくねった姿はまるでアート。その伸びやかな枝のところどころに、ぽつん、ぽつんと、花芽をつけたハナズオウ・フォレストパンシー。濃いピンクの芽は、マッチ棒のような僅かな膨らみで、よく目を凝らさないと気づかないほどの、愛らしい春の兆しである。やっと春がやってきたようだ。しかし残念なことに、流行の花粉に悩まされる私は、とうぶん庭仕事は休みにして、部屋から庭を眺めているだけの憂鬱な季節を迎える。今朝も何枚目かのディスクをターン・テーブルに載せ、ぼんやりと庭を眺めていると、流れてきたのは硬質の、どこまでも深く澄んだバイブラフォンの音色…痺れた頭でもすぐにミルト・ジャクソンだと分かる。
ミルトは黄金のビ・バップ期から、モダン・バイブの歴史を築いた伝説のアーティストであるが、このアーティストは2つの顔を持っている。ひとつはジャズとクラッシックとを融合させたMJQにおけるフォーマルな装い。端正で典雅なプレイで魅了する。もうひとつの顔は、MJQから離れ、フォーマルな裃を脱ぎ捨てたラフな装いのミルトで、ブルースやバラードで真価を発揮する。どちらのミルトも、優雅な所作でマレットを操り、バラードを歌うかのように魅惑的なビブラートをかける。ミルトの根っこの、「ソウルな魂」は少しも変らない。彼のキャリアは半世紀あまり、サヴォイを手始めにブルーノートやプレスティッジ、アトランティックといったレーベルに、様々なフォーマットで今でもよく耳にする名盤を数多く残している。春の私は、名曲「Spring is here」の気分である。その沈んだ気分を癒やしてくれるのは、ラフな装いをした魅惑的なバイブの響きである。いま手にしているのは59年の「バラード・アーティストリー・オブ・ミルト・ジャクソン」だが、ここでのミルトは、ストリングスとオーケストラが見事に躍動するアンサンブルをバックに、実に気持ちよくスイングしている。57年のソウルフルな「プレンティ・プレンティ・ソウル」の、再会セッションともいわれる盤で、どちらもアレンジメントと指揮はクインシー・ジョーンズが手掛けている。しかし何故か?先ほどの「プレンティ・プレンティ・ソウル」ほど、話題にならない。確かに、甘いと言えば甘く、ゆるいと言えばゆるいが、でも、そのさじ加減が丁度いい案配で、心地いいシャワーを浴びたような、リラクゼーションに満ちた「知る人ぞ知る」一枚である。
ミルトは、76才で逝く最晩年までマレットを手離すことはなく、その立ち姿は凛として、「少しも焦ることはないよ」が、口癖であった。確かに!庭のハナズオウも私も、もう少しの辛抱だ。5月のハナズオウは、思わず見とれてしまうほどロマンティックだ。鮮やかな葡萄酒色の“ハートのリーフ”は風にそよぎ、やがて艶やかな銅葉へと、シックで気品に満ちたレディにゆっくりと変わっていく。そして私には、まだたっぷりと庭仕事の時間が残されている。