金曜の夜9時からおおくりしている最新シネマ情報番組「とっておきシネマ」の鳥飼美紀です。
今週のとっておきの作品は、2020年の『ファーザー』でアカデミー賞®脚色賞を受賞したフロリアン・ゼレール監督の最新作『The Son/息子』。
ごく当たり前の毎日を過ごしていた家族に突然起こる異変……それは決して他人事ではないと思わせられる、深刻なテーマを扱っています。
脚本に惚れ込んだ俳優ヒュー・ジャックマンが、それまで面識のなかったゼレール監督に熱烈な逆オファーをして主人公を演じることが実現したそうですよ。
【STORY】
高名な政治家にも頼りにされる、優秀な弁護士のピーター。
再婚した妻のベスと生まれたばかりの子供という新しい家族と共に、充実した日々を生きていた。
そんな時、前妻のケイトと同居している17歳の息子ニコラスから、父と暮らしたいと懇願される。
ニコラスは心に病を抱え、絶望の淵にいたのだ。
初めは戸惑っていたベスも同意し、ニコラスを加えた新生活が始まる。
ところが、ニコラスが転校したはずの高校に登校していないことがわかり、父と息子は激しく言い争う。
なぜ、人生に向き合わないのか?
そんな父の問いに息子が出した答えとは──。
【REVIEW】
息子のニコラスは、自分でも気持ちの収めようがわからないほど混乱している。
それが、ティーンエイジャー特有のモヤモヤなのか、あるいは両親の離婚による親への不信感なのか。
17歳のニコラスが「人生が重すぎる。苦しい」と訴えるシーンに呆然とする。
気になったのは、母親の家を出て父親の家に向かうとき、荷物の中に「ぬいぐるみ」を入れるシーンだ。
17歳ではあるが、心の中はまだ幼子のままのようだ。
そう思うと、自分を置いて家を出た父親に対する恋しさをひしひしと感じ、不憫である。
ゼレール監督は、「作品を手がける中で、そこに2人の息子の物語があることに気付いた」と語る。
1人は人生に葛藤している少年ニコラスで、もう1人は自らの息子の問題に直面している父親のピーターである。
実は、ピーターの父親は仕事優先の冷たい人間で、ピーター自身も父親との関係がうまくいっていなかった。
だからこそ、彼は自分の息子を愛し、息子と向き合い、父親としての責任を果たしたいと強く思っているが、空回りするばかり。
観客の誰もが「ピーターはベストを尽くしている」と認めると思うが、もはや愛情だけで解決できる問題ではなくなっているのが悲しい。
公式サイトのTopページには、《愛しているのに届かない親と子の〈心の距離〉を描く、衝撃と慟哭の物語》とある。
そして、その言葉とは裏腹に、ピーターとニコラスがソファに座って大きく笑い合っている姿がある。
TVか何かを見ながら、親子でおやつを互いにぶつけ合う、この楽しげなシーンが忘れられない。
そんな時間もつかの間、結末に起こることが信じられないほど、厳しい映画である。
監督:フロリアン・ゼレール
出演:ヒュー・ジャックマン、ローラ・ダーン、ヴァネッサ・カービー、ゼン・マクグラス、アンソニー・ホプキンス
2022年/イギリス・フランス合作/123分/配給:キノフィルムズ
http://www.theson.jp/
3月17日(金)~全国ロードショー
関西では、大阪ステーションシティシネマ Kino cinema 神戸国際 TOHOシネマズ西宮OS