金曜の夜9時からおおくりしている、最新シネマ情報番組「とっておきシネマ」の鳥飼美紀です。
今週は、第25回上海国際映画祭コンペティション部門にて、3冠(作品・女優・脚本)受賞の日本映画『658km、陽子の旅』をご紹介しました。
本作の熊切和嘉監督は1974年生まれの北海道出身ですが、大阪芸術大学卒業ということで関西にもゆかりのある監督のようですね。
卒業制作作品『鬼畜大宴会』は、第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリ、そしてタオルミナ国際映画祭でグランプリを受賞しています。
2001年の『空の穴』で劇場映画デビューし、代表作は多々ありますが、個人的には『私の男』(14年)が強烈に印象に残っています。
【STORY】
青森県弘前市出身、42歳、独身の陽子。人生を諦め、なんとなく過ごしてきた就職氷河期世代のフリーター。
ある朝、従兄弟の茂が訪ねてきて、20年以上断絶していた父親が突然亡くなったという知らせを受ける。
渋々ながら陽子は茂家族の車に同乗し弘前へ向かうが、途中で起きたアクシデントのためサービスエリアに置き去りにされてしまう。
出棺は翌日の正午。陽子は弘前に向かうことに逡巡しながらも、所持金がない故にヒッチハイクをすることになる。
北上する一夜の旅で出会う人々や、立ちはだかるように現れる若き日の父親の幻により、陽子の止まっていた心は大きく揺れ動いてゆく。
冷たい初冬の東北の風が吹きすさぶ中、はたして陽子は出棺までに実家にたどり着くのか…。
【REVIEW】
熊切監督の『空の穴』(01年)でヒロインを演じた菊地凛子(当時は菊地百合子という名前で出演)が主演。
菊地凛子は、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バベル』(06年)で米アカデミー賞®助演女優賞にノミネートされた。
その後ハリウッドをはじめ海外作品に数多く出演し、日本を代表する国際派女優であるが、本作で初めて日本映画の単独主演を飾った。
菊地自身も語っているが、海外で有名になりすぎたため、逆に日本からの映画のオファーがなかなか来なかったようだ。
日本語で芝居をしてみたい~と思っていた時期に、かつて仕事をしたことのある熊切監督作品のオファーだったので、即OKしたという。
その他の役には竹原ピストル、オダギリジョー、風吹ジュンなどがキャスティングされ、特に竹原ピストル演じる従兄の優しさが心に残る。
サービスエリアで置き去りにされた陽子は、荷物もスマホも持たず、小銭入れの中には2400円ほどしか入っていない状態で途方に暮れる。
長い間、実家にも帰らず東京のアパートで殻に閉じこもるような生活をしていた陽子だったが、勇気を出してヒッチハイクを始める。
すると色々な人に出会い、様々な経験していくうちに声も少しずつ大きくなり、頼みたいことをちゃんと言えるようになっていく。
菊地凛子は、久しぶりに他人と関わることで長年の自分への後悔を露わにしてゆく繊細な陽子を、見事に表現。
陽子と父親が20年以上も断絶していた理由があきらかになるシーンは、彼女の発する一言一言が心を揺さぶる。
誰の心の奥底にもあるようなコンプレックスや、考えないようにしている現実を、彼女が一人で引き受けて代弁してくれているような気がした。
個人的には、菊地凛子は主演でこそ輝く女優だと思っている。
脇役で出たら浮いてしまうような、何か事を起こすに違いないという、そんな「ただものではない匂い」を発しているからである。
もちろんその匂いは香りと言う意味ではなく、“圧倒的存在感”という意味の匂いであるが……。
それだからこそ逆に、何の屈託もない普通の母親役などの演技も将来観てみたい気持ちも湧いてくる。
監督:熊切和嘉
脚本:室井孝介 浪子想
出演:菊地凛子 竹原ピストル 黒沢あすか 見上愛 浜野謙太 / 仁村紗和 篠原篤 吉澤健 風吹ジュン / オダギリ・ジョー
2022年/日本/113分/配給・宣伝:カルチュア・パブリッシャーズ
https://culture-pub.jp/yokotabi.movie/
7月28日(金)~全国順次ロードショー 関西ではアップリンク京都 シネマート心斎橋 シネ・リーブル梅田 シネ・リーブル神戸