今週のとっておきの1本は、戦時中のアナウンサーたちを通して、太平洋戦争開戦前から終戦までを描いた『アナウンサーたちの戦争』という作品をご紹介します。昨年8月にNHK総合テレビ「NHK スペシャル」で放送されたドラマを映画化したもので、ご覧になった方も多いかと思います。迂闊にも私は観ていませんでした。私のように見逃した方は、どうぞ劇場でご覧ください。
~シネマエッセイ~
気が遠くなるほど昔の運動会のこと。私は小学5年生だった。どういう経緯か憶えていないが、私は放送係として白いテントの下のマイクの前で一生懸命アナウンスしていた。「次は1年生の玉転がしでーす」とか「リレーに出場する生徒は集合してくださーい」とか。その頃から私は、自分の「声」で何かをするのが好きだったようだ。さて、事件は……というと大げさだが、あるハプニングが私を襲ったのは保護者の玉入れ競技の時だ。お父さんやお母さんたちが紅組と白組に別れてひとしきり布製の球を籠に入れると、数の確認をする。マイクを通して私の声が運動場に響き渡る。「ひとーつ、ふたーつ」。その声に合わせて紅白の球が青空に放り投げられる。ところが、私は11から17までをすっ飛ばしてしまい「じゅーう……じゅうはちー」と言ってしまったらしい。らしいというのは、数をすっ飛ばした意識がないからである。その瞬間、運動場の全員の視線が私に集まった。全員が「え、今なんて?」という顔をしていたのははっきり憶えている。数をすっ飛ばしても勝敗には関係ないので、そのまま事は進んだが、先生や同級生たちに「数、思いきり飛ばしたね~」とからかわれ、とても恥ずかしかった。「アナウンス」という言葉を目にしたり耳にしたりすると、真っ先にその記憶が甦り、私のささやかなトラウマとなっている。
さて、戦時中のアナウンサーという職業は、そんなお気楽なことを言ってはいられない。『劇場版 アナウンサーたちの戦争』では、戦争に勝つためにアナウンサーたちの「声の力」を利用した作戦が描かれる。彼らは「声の力」で戦意高揚・国威発揚を図り、偽情報で敵を混乱させたりしなければならなかったのだ。電波による放送で「嘘」をついて国民の気持ちを煽り、次々と若者を戦地へ送り込む。それに疑問や罪悪感を感じ始めた一人のアナウンサーの葛藤が凄まじい。戦争は、政治家や軍人だけがやっていたのではない。否が応でも巻き込まれていく人々の中に、アナウンサーという職業の人たちもいたのだ。
終戦から80年近くが過ぎ、戦争体験者がどんどん少なくなっていく。このような映画で、戦争の悲惨さや理不尽さを忘れないように、心に刻んでおかなければならないと思う。
【ストーリー】
天才アナウンサーと呼ばれた和田信賢と新進気鋭の若手アナウンサー館野守男は、1941年12月8日、ラジオで開戦の第一報を伝えて国民を熱狂させる。以後、2人は日本の勝利を力強く伝え続け、国民の戦意を高揚させていく。そして、同僚アナウンサーたちは南方占領地に開設された放送局に次々と赴任して現地の日本化を進めた。やがて戦況が悪化するなか、大本営発表を疑問視するようになった和田と「国家の宣伝者」を自認する館野は激しく衝突。そして、和田は任された学徒出陣実況をやり遂げようと取材を深めるもその罪深さに葛藤するのだった……。
演出:一木正恵
出演:森田 剛 橋本 愛 高良健吾 安田 顕 浜野謙太 大東駿介 水上恒司 藤原さくら 中島 歩 渋川清彦 眞島秀和 降谷建志 古舘寛治 小日向文世
2023年製作/113分/G/日本/配給:ナカチカピクチャーズ
https://thevoices-at-war-movie.com/
2024年8月16日全国公開