毎月第1木曜日は「水谷幸志のジャズの肖像画よもやま話」を配信します。
ハニーFMのフリーペーパー「HONEY」vol.12〜32に掲載されていた水谷さんのコラム「水谷幸志のジャズの肖像画」では書ききれなかったエピソードや時代背景などをゆったりと振り返りながらお送りします。
当時のコラムと合わせてお楽しみください。
「HONEY」vol.13
ジャズの黄金期、50年代をストレートに生き抜いた西海岸の白人ジャズメンと言えば、真っ先に思い浮かぶのがアート・ペッパー。何故って?答えは彼のアルバムに針を落とせば直ぐに分かる。青春の輝きとほろ苦さが刹那的に交差する閃きや、甘く夢みるような彼のブローイングを、きっといっぱいに浴びる筈だ。56年にペッパーが2度に渡るドラッグ渦からジャズ・シーンに舞い戻った直後のアルバムはどれもがお薦め。なかでもよく聴いたのがイントロ盤の「モダン・アート」。天才的なインプロバイザー、ペッパーの絶頂期のプレイを捉えた一枚。少し物憂げな表情と、風格を漂わせた姿、なんともハンサムなジャケットだ。でも、私の秘かなお気に入りはタンパ盤の2枚。1枚は「ジ・アート・ペッパー・カルテット」。LAのジャズクラブ“ヘイグ”における熱いギグを彷彿とさせる荒い描写のジャケが素敵だ。このアルバムの聴きものは、ラテンのリズムを4ビートに仕立てた“ベサメ・ムーチョ”。
そして2枚目は「マーティ・ペイチ・カルテット~フィーチャリング・アート・ペッパー」。如何にも西海岸らしいお洒落なジャケ。ここでの“虹の彼方”は、神秘的な美しいメロディから憂いをおびた切ないバラッドに表情を変える。“虹の彼方”の決定版ともいえるプレイに引き込まれる。私が通った学校は“ミナミの老舗ジャズ喫茶”。琥珀色のバーボンの味とか、ジャズの深淵さなどを学んだ。だが皮肉にも、その頃のペッパーは長く辛いロストライフを味わっていた。72年にシナノンの療養所を出たペッパーは奇跡の復活を遂げる。晩年のプレイは、よりハードでタフなスタイルへと変貌し、再び黄金期を迎えるのだが…。なぜか私は、彼の新しいアルバムにまだ針を落としていない。アート・ペッパーへの想いは、老舗ジャズ喫茶の古時計のように時を刻む振り子は60年代で止まっている。
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