毎週金曜日、夜9時からの「とっておきシネマ」、鳥飼美紀です。
今週のとっておき映画は、実在の楽団にインスパイアされた、未来を切り開く希望の物語『クレッシェンド 音楽の架け橋』。
世界中の映画祭で上映され観客賞などを受賞した、心に響く作品です。
【Story】
世界的に有名な指揮者エドゥアルト・スポルクが率いるオーケストラのオーディションが行われる。
それは、対立が続くパレスチナとイスラエルから若者たちを選び、和平交渉が行われる南チロルで一夜限りのコンサートを開くオーケストラである。
オーディションに向けて懸命に練習する若者たちにとって、プロへの道が見つかるかもしれない大きなチャンスでもあった。
イスラエルのテルアビブで実施されたオーディションは、公平な判断のために衝立の陰で演奏し、音だけでジャッジする方法がとられる。
その結果、合格者の大半がイスラエル人になってしまう。
両地域から同じ人数を集めることに限界を感じたスポルクは、オーケストラから20余名の室内楽団へと変更する。
さぁ、このコンサートは成功するのか、それとも……。
【Review】
コンサートマスターを選定するスポルク。
彼が指名したのはメンバーの大半を占めるイスラエル人ではなく、パレスチナ人バイオリニストのレイラだった。
だが、レイラの言うことをイスラエル側は誰も聞こうとしない。
それどころか、イスラエル人もパレスチナ人もお互いを責め、罵る怒鳴り合いになってしまう。
打開策として、スポルクは本番までの3週間、南チロルの山間部での合宿を決める。
寝食を共にし、互いの音に耳を傾け、経験を語り合い…少しずつ心の壁を溶かしていく若者たち。
だがコンサートの前日、想像もしなかった事件が起きるのだった。
モデルとなったのは、実在するウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団。
1999年に設立され、イスラエルとアラブの音楽家が集まって演奏する。
日中はオーケストラのリハーサル、夜にはディスカッションを行なう。
このディスカッションこそがとても大切なことなのだろう。
ワークショップやコンサートは世界中で行われていて、「共存への架け橋」の理念を掲げ現在も音楽活動を続けている。
ユダヤ人とアラブ人で結成されたこのような楽団は他にもあるそうだ。
共存への歩みはもう既に始まっている。
そして、クレッシェンドとは、「だんだん強く」という意味の音楽用語。
憎しみあう一人と一人の間に、音楽を通じて芽生えた小さな「共振」が10人、100人と輪を広げ、やがて強く大きく世界中に響く日がいつかきっと訪れる。
そんな祈りのようなメッセージが込められたタイトルなのだ。
平和とは? 共存とは? それは異なる文化への理解。
それを実現する方法として言葉以上の力を持っているのが音楽!
音楽が平和の架け橋になると信じたいが、その道は果てしないものなのかもしれない。
この映画も単なるハッピーエンドに終わっていないところがリアルだが、しかし希望の兆しが見えるのは嬉しい。
民族の対立を描きながら、私たち個人の日常生活における人間関係にも小さな気づきを与えてくれる。
大切なことは「他者の靴を履いてみる(相手の立場に立ってみる)」こと……だと。
主演のスポルク役のペーター・シモニシェックは『ありがとう、トニ・エルドマン』(2016年)でお茶目な父親役を演じていた俳優。
今回は憎しみ合う若者たちを共存へと導こうとする役で、幅広い演技力に唸ってしまう~そんなことも含めて、お薦めの作品。
ぜひ劇場でご覧いただきたい。
監督:ドロール・ザハヴィ
脚本:ヨハネス・ロッター ドロール・ザハヴィ
出演:ペーター・シモニシェック ダニエル・ドンスコイ サブリナ・アマーリ
2019年 ドイツ 112分 配給:松竹
https://movies.shochiku.co.jp/crescendo/
1月28日(金)~新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
関西では、大阪ステーションシティシネマ 神戸国際松竹など