毎週金曜日の夜9時からおおくりしている、最新シネマ情報番組「とっておきシネマ」の鳥飼美紀です。
今週ご紹介したとっておき映画は、本日12月2日公開のフランス映画『あのこと』という衝撃作です。
原作は、今年のノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーが、自身の実話を基に書き上げた「事件」という小説。
この作品は、昨年のヴェネチア国際映画祭で、『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督率いる審査員満場一致で金獅子賞(最高賞)を受賞しました。
世界が息を吞んだ衝撃の映画体験~本当に衝撃的で見応えがありました。
【STORY】
アンヌの毎日は輝いていた。
貧しい労働者階級に生まれたが、飛びぬけた知性と努力で大学に進学し、未来を約束する学位にも手が届こうとしていた。
ところが、大切な試験を前に妊娠が発覚し、狼狽する。
中絶は違法の60年代フランスで、アンヌはあらゆる解決策に挑むのだが──。
【REVIEW】
ハードで深刻な物語。
60年代のフランスに生きる主人公の大学生アンヌは、飲食店を営む実家を離れて寮生活を送っている。
パーティに行くのに胸が大きく見えるような下着をつけたり、顔にニキビの跡が残っていたり……そんなごく普通の女子大生だが、成績は優秀。
文学を専攻していて、教師になりたいと思っている。
このアンヌが、まさに原作者のアニー・エルノー自身に重なる。
エルノーは1940年生まれで、両親はカフェ兼食料品店を営んでいる。
大学卒業後に教員となり、その後1974年に「Les Armoires vides」(空っぽの箪笥)という小説で作家デビュー。
彼女の作品は、ほとんどが自伝的小説でオートフィクションの作家と呼ばれ、2022年ノーベル文学賞を受賞。
60年代を生きる成績優秀なアンヌは、あることが気になっている。
それは生理が遅れていること。
もしかしたら……しかし、その“もしかしたら”が現実になったら、大変なことになる。
当時のフランスでは妊娠中絶は法律で禁止されていて、犯罪になる。
したがって、とてもタブー視されていて、親はもちろん友人にも打ち明けることができない。
病院の医師も中絶の相談には乗ってくれず、アンヌは孤立していく。
望まぬ妊娠をしたアンヌ。
もし子供を産めば、教師になるという夢は叶えられない。
当時は、フランスといえども現在のような〈結婚も、仕事も、子供も〉という時代ではなかった。
しかし、中絶もすんなりとはできない。
産むか産まないかが問題ではなく、どうすれば産まなくても済むか……アンヌの頭の中はそのことでいっぱいになるのだ。
アンヌの中で〈産む〉という選択肢は最初から存在せず、自らが願う未来をつかむために、たった一人で戦う彼女の12週間が描かれていく。
妊娠を告げられた瞬間から、どんどん追い詰められ、切羽詰まってくるアンヌ。
授業も上の空、成績はガタ落ち、闇で処置してくれるところがないか躍起になって探す。
闇の処置で命をかけて中絶するのか、それとも子供を産んで自分の未来を犠牲にするのか……。
俳優の演技と計算されたカメラワークによって、同じ女性として自分自身がアンヌになったような気になり、切羽詰まってくる感覚にとらわれる。
とは言いながら、私自身は別のことを考えていた。
描かれる12週間の中で、アンヌは妊娠をなかったことにするために、さまざまな恐ろしいことを試みるのだ。
それほどまでして〈生まれてくることを拒まれる胎児〉の宿命に思いを馳せると、言葉では表せないほど辛い。
あなたは、アンヌの選んだ道をどう受け止めるのか。
アンヌ役のアナマリア・ヴァルトロメイの凄まじい演技で、きっとあなたは「あのこと」について真剣に考えざるを得なくなるだろう。
原作:アニー・エルノー 「事件」(ハヤカワ文庫)
監督:オードレイ・ディヴァン
出演:アナマリア・ヴァルトロメイ サンドリーヌ・ボレール
2021年/100分/フランス/配給:ギャガ
https://gaga.ne.jp/anokoto/
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