今週は、2022年の衝撃作『PLAN 75』の早川千絵監督最新作『ルノワール』をご紹介しましょう。不完全な大人たちの孤独や痛みに触れる、11歳の少女のひと夏。 嬉しい、楽しい、寂しい、怖い……そして“哀しい”を知って大人になる主人公は、昨日のあなたかもしれません。映画の中で描かれる小さなエピソードは、誰の記憶の中にもある欠片……そんな気がする懐かしい世界観です。

© 2025「RENOIR」製作委員会 / International Partners
【シネマエッセイ】
6月は、私の誕生日があり〈父の日〉もあって、ファザコン気味の私にとって1年のうちでも愛着のある月だ。そんな6月のある日、高知の親戚からチルド便でヤマモモが届いた。ヤマモモ‼ ヤマモモは高知の県花である。常緑広葉樹で春に花が咲き、ちょうど今頃に赤い実が熟す。外見は小粒のライチのようだが皮を剥くことはできない。甘酸っぱく、生で食べられるが、日持ちがしないため都会の青果店やスーパーではほとんど見かけることがない。私は関西に暮らして50年以上になるが、こちらでヤマモモを食べたのは懐石料理のデザートで出された砂糖漬けの1度きりだ。洗うのももどかしく興奮しながら食べてみる。甘いより酸っぱいが勝つ。しかし、間違いなく故郷の素朴なヤマモモだ。私は「そう、そう……」と思い立ち、父の位牌にヤマモモをお供えし、線香を焚いた。
父の日にプレゼントを渡す人がこの世からいなくなって、40年以上が過ぎた。最後となった父の日には油絵のセットを贈ったと記憶している。というのも、父は若い頃から絵を描くのが好きで、画家になりたいと思ったこともあったらしいが、経済的事情でその夢は諦めたと聞いていた。1971年にスペインの画家ゴヤの展覧会が京都で開催された時、父が母を伴って京都市美術館まで出かけたのを憶えている。物凄い人出で、何時間も並んだのに絵を見られたのは一瞬だったと母はボヤいていたが、父はゴヤの有名な作品「裸のマハ」の複製ポスターを買って帰り、大きな額に入れて満足そうに眺めていた。そんな思い出もあって、老後は好きな絵を描いて暮らしてほしいという気持ちで、私は父の日に油絵の具のセットを贈ったのだった。けれど結局、父はその絵の具を使うことなく、次の冬に54歳という若さで天国へ旅立ってしまった。私もアート鑑賞は好きなので、もし父が長生きしてくれていたなら一緒に美術館巡りができたのに……と残念に思っている。
映画『ルノワール』の主人公フキの父親は、病で入退院を繰り返している。フキは父親の絶望的な状況を理解しているのかいないのか……そんな彼女のひと夏の物語。ただし、タイトルになっているルノワールの絵画に何かのエピソードがあるわけではない。後付けの理由として、舞台となった80年代はルノワールをはじめとした印象派の絵が流行していて、西洋に憧れる気持ちや偽物を飾って満足してしまうような精神があの時代の日本を象徴しているような気がするから……と早川千絵監督は語っている。まさに、70年代、80年代は日本が西洋に憧れた時代だったと思う。

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日本がバブル経済絶頂期にあった、1980年代のある夏。両親と3人で暮らす11歳のフキ。時々大人たちを戸惑わせるほど豊かな感受性をもつ彼女は、得意の想像力を膨らませながら、自由気ままな夏休みを過ごしていた。ときどき垣間見る大人の世界は複雑な事情が絡み合い、どこか滑稽で刺激的。だが、闘病中の父と、仕事に追われる母の間にはいつしか大きな溝が生まれ、フキの日常も否応なしに揺らいでいく。

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監督・脚本:早川千絵
出演:鈴木唯 石田ひかり 中島歩 河合優実 坂東龍汰 / リリー・フランキー
2025年/日本、フランス、シンガポール、フィリピン、インドネシア、カタール/122分
/配給:ハピネットファントム・スタジオ
https://happinet-phantom.com/renoir/
6月20日(金)全国公開
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