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【鳥飼美紀のとっておきシネマ】『私はあなたを知らない、』

今週は、中野量太監督『私はあなたを知らない、』をご紹介しましょう。2016年公開の『湯を沸かすほどの熱い愛』など、“家族”をテーマに作品を撮り続けてきた中野監督の10年ぶりのオリジナル脚本作品です。タイトルに「、」がつけられていますが、これで終わるわけではないという未来への思いが託されているような気がします。

©IDKYPs./Pyramide Productions

 シネマエッセイ 
『置かれた場所で咲きなさい』の著者である渡辺和子さんは、2・26事件で殺害された渡辺錠太郎教育総監の次女である。1936年2月26日の早朝、陸軍の青年将校らが天皇の側近や大臣を次々と襲撃・殺害し、首相官邸などを占拠した昭和の大クーデターである。当時9歳の和子さんは、自宅の同じ部屋で寝ていた父親が目の前で射殺されるのを目撃していた。父親の身体には43発の銃弾が撃ち込まれていたという。その後、和子さんはクリスチャンとなり、父を惨殺された衝撃と悲しみは癒えずとも恨みは乗り越えたつもりだった。しかし、心から「恨みはない」と言えるようになったのは、事件から50年後のことだったとインタビューに答えている(梯久美子『この父ありて 娘たちの歳月』文藝春秋刊)。クーデターを起こした青年将校たちが刑死して50年の節目の法要に出席し、将校の遺族たちからの謝罪を受けた。その時、和子さんは「叛乱軍という汚名を受けた者の遺族として過ごした50年は、被害者の娘であった自分より辛かったであろう」と気がつき、気持ちに区切りがついたという。大切な人の命を奪われた時、加害者を“赦す”ことはなかなかに困難である。しかし赦すことはできなくても、自分の気持ちに区切りをつけることは可能であるような気がする。人を恨んで生きるより、恨みに囚われずに生きる。それは、誰のためでもなく自分自身の未来のために……。

映画『私はあなたを知らない、』で、朝子は5歳の時に母親を殺されてしまう。だが、母親が殺された事実は彼女の記憶にない。13年後にその衝撃の事実を知り、彼女はどうやって気持ちに区切りをつけるのか……。物語の中では2人の人間が「私はあなたを知らない」と言う。その心の中を思うと泣けてくる。自分と誰かの未来のために「知らない」と言い切るのだ。そこには恨みも、赦しも、言い訳もない。「それしかないよね」と、私も心の底から共感した。

©IDKYPs./Pyramide Productions

©IDKYPs./Pyramide Productions

 ストーリー 
天涯孤独の青年、夕平。粛々と働き、自分の中で決められたルーティンで生活をし、たった一人のその環境を寂しいとも感じずに生きてきた。職場にやってきた新しいパート職員・紗月と出会うまでは……。彼女と出会い、生きる喜びを得て夕平の毎日は輝いていく。そしてある日、紗月から5歳の娘・朝子を紹介される。彼女は実はシングルマザーだった。紗月と朝子との生活で、これまで知らなかった“ 家族”という幸せの形に触れ、夕平は心を開放していくが・・・。

©IDKYPs./Pyramide Productions

©IDKYPs./Pyramide Productions

原案・脚本・監督:中野量太
出演:坂口健太郎 早瀬憩 堀田真由 倉田瑛茉 滝藤賢一  /  原田美枝子
2026 年/日本・フランス/126分
配給:クロックワークス
https://watashiramovie.com/
8月28日(金)大阪ステーションシティシネマほか全国公開

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