今週のとっておきの1本は、年間約40のコンサートを開催し、精力的に活躍の場を広げているディヴェルティメント・オーケストラを立ち上げた一人の少女と仲間たちの実話物語、『パリのちいさなオーケストラ』です。主要キャスト以外は現役の音楽家を抜擢ということで、ストーリー以外にも数々の有名クラシック音楽を本格的な演奏でたっぷり味わえるという楽しみがありますよ。
~シネマエッセイ~
知り合いの女性Nさんのご子息が京都で小さな珈琲館を営んでいる。その店でのちょっと素敵なエピソードをNさんがエッセイに綴っているので紹介したい。ある秋の日の午前、珈琲館に2人の外国人男性が来店した。2人は店の中を眺め「ビューティフル」と言いながら、カウンター席に座りコーヒーを注文する。そして、店主である息子さんが差し出すコーヒーに添えられたクリームピッチャーを見た1人が、いたくそれを気に入り「どこで買ったのか」と尋ねた。店主は「随分前のことなので忘れましたが、そんなに気に入られたのなら、差し上げましょう」と答えた。感激した外国人男性は、自分の荷物の中からオーボエを取り出し、「お礼に演奏する」と言い、店中に素晴らしい音色を響かせたそうだ。ふだんは仕事の話をあまりしない息子さんが「思わぬ良い時間だった」と、母であるNさんに話してくれたそうだ。しかもこの話には続きがある。外国人男性2人が店を出る時に名刺を置いて行ったので、その名前をネットで調べてみると、ヨーロッパのある国の超有名なオーケストラの首席オーボエ奏者と主席ファゴット奏者であることがわかった。2人が京都の珈琲館を訪れたその日は、大阪フェスティバルホールで夜の演奏会があったそうだ。Nさんのエッセイには「もしも息子が音楽に造詣が深かったら話はさらに弾んだだろうが、生憎そうではない」と書かれている。いやいや、たとえご子息がクラシックに詳しくないとしても、きっとその超一流演奏者のオーボエの音色に陶酔したであろうひと時を過ごしたことは想像に難くない。とても羨ましいエピソードだ。
フランス映画『パリのちいさなオーケストラ』は、パリの音楽院を舞台にオーケストラの指揮者を夢見る移民少女の物語である。女性指揮者は世界でわずか6%しかいないという。その狭い道を突き進み、ついに自身のオーケストラを立ち上げたザイア・ジウアニという実在の女性指揮者が主人公の作品だ。人種・性別・貧富……さまざまな差別を乗り越え、夢を叶えたザイアの心の強さ、そして彼女を支えた家族や仲間たちの優しさが描かれ、貧富の格差なく誰もが楽しめるオーケストラを結成するまでの物語だ。ちなみに、この映画はフランスでは2023年に公開され、主人公であるザイア・ジウアニは今年のパリ・オリンピックで聖火ランナーを務め、さらには閉会式で大会初の女性指揮者として自身が立ち上げたディヴェルティメント・オーケストラを指揮し、フランス国歌を演奏したという。
あっぱれ!
パリ近郊の音楽院でヴィオラを学んできたザイアは、妹のフェットゥマと共に、パリ市内の名門音楽院に最終学年で編入が認められ、指揮者になりたいという夢を持つ。だが、女性で指揮者を目指すのはとても困難な上、クラスには指揮者を目指すエリートのランベールがいる。超高級楽器を持つ名家の生徒たちに囲まれアウェーの中、ランベールの仲間たちには田舎者とやじられ、指揮の練習の授業では指揮台に立っても、真面目に演奏してもらえず、練習にならない。しかし、特別授業に来た世界的指揮者セルジュ・チェリビダッケに気に入られ、「女性は指揮者向きじゃない。皆 2週間でやめた」と言われながらも、指導を受けることができるようになり、道がわずかに拓き始める-。
監督・脚本:マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール
出演:ウーヤラ・アマムラ リナ・エル・アラビ ニエル・アレストリュプ
2022年/フランス/114分/配給:アット エンタテインメント
https://parisorchemovie.com/
9/20(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町・新宿シネマカリテ ほか 全国順次公開
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