今週のとっておきの1本は、ある地点に暮らす幾世代もの家族の愛と喪失、記憶と希望の物語『HERE 時を越えて』です。 「すべては、ここ(HERE)で起こる」というテーマのもと、家族の愛と喪失を追ううちに、観る者ひとりひとりが、かつて自分が暮らした家や部屋を思い出さずにいられない……そんな愛おしい物語。

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~シネマエッセイ~
過去を懐かしむことは多々あっても、後悔はしない性格だと自分では思っている。しかし、数少ない後悔のひとつに、お気に入りのソファについてのエピソードがある。マンションから現在の家に引っ越す時に家具を買い替えて、リビングルームを少し落ち着いたシリーズで揃えた。ソファは深いブルーに同系色の草花がプリントされ、背もたれが少しカーブしたトラッドなデザイン。一目惚れして3人掛けと1人用を購入し、ダイニングチェアもお揃いにした。やんちゃな大型犬との暮らしも含めて25年も経つと、布地が擦り切れてきて、さぁ張り替えるか、いや買い替えるか……で、夫婦の意見が対立する。私はもちろん張り替えて長く使いたい。夫は少しでも支出を減らしたい。張替費用は、その辺の量販店で購入するソファのなんと3倍以上するのだった。長いこと迷って、リーズナブルなソファに買い替えることに決めた。お気に入りだったソファは粗大ごみとして市の環境局に引き取ってもらったが、トラックに乗せられた途端に惜しくなった。25年も一緒に暮らし
たのだ。しかし、もう決めたことだから諦めるしかなかった。あの時、なんで「やはり、いります!」と言わなかったのだろう。張り替えるお金が勿体ないなら擦り切れたまま使えばよかったのだ。まるで犬や猫を捨てたような気持になり、思い出すたびに今でも胸が痛む。丈夫なソファだったから、もしかしてリサイクル品としてどこかに引き取られていたらいいけれど……。
たかがソファ、されどソファ……である。
映画『HERE 時を越えて』は、ある家のリビングルームの端っこにカメラを据えて、その家に住んだ何組かの家族の歴史を映し出す。住む人の個性によって色々な家具やファブリックに変わる。物語の中心となるリチャードとマーガレットの夫婦。彼らはリチャードの両親と同居している。新妻のマーガレットは義母の代からのソファが気に入らないと夫に訴え、新しいものが欲しいと懇願する。たかがソファ、されどソファ……。それは、たぶんソファだけの話ではなく、自分が選んだものに囲まれて暮らすという、「自立」を夢見るマーガレットの気持ちの表れではないか。些細なことだけれど、彼女の中では貫きたい希望なのだった。2人のちょっと切ないラストシーンは秀逸。

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恐竜が駆け抜け、氷河期を迎え、オークの木が育ち、先住民族の男女が出会う。悠久の時を越えてその場所に家が建ち、いくつもの家族が入居しては出てゆく。1945年、戦地から帰還したアルと妻のローズが家を購入し、やがてリチャードが生まれる。絵の得意なリチャードはアーティストになることを夢見ていたが、別の高校に通う弁護士志望のマーガレットと出会い、2人は恋におちる。そして、ここから思いがけない2人の人生が始まる──。

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監督:ロバート・ゼメキス
原作:リチャード・マグワイア
脚本:エリック・ロス&ロバート・ゼメキス
出演:トム・ハンクス ロビン・ライト ポール・ベタニーケリー・ライリーミシェル・ドッカリー
2024年/アメリカ/104分/配給:キノフィルムズ
https://www.here-movie.jp/
4月4日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
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