今週のとっておきの1本は、“痛み”と“後悔”を背負い続けた、ある教師の少年時代の記憶をたどる『年少日記』という作品です。胸が痛くなる物語ですが、せめて観ている間だけでも主人公兄弟の苛烈な少年時代に寄り添ってあげたい……そんな気持ちになる作品。6月6日から既に公開中です。

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【シネマエッセイ】
この春からのNHK朝ドラで、漫画家やなせたかしさん夫妻の物語が放送されている。やなせさんは私と同じ高知県出身の偉人なので、毎朝欠かさずに見ている。ただし、誰もが知るやなせさんの代表作「アンパンマン」がテレビアニメとして放送され始めた頃、私は既に大人になっていたので残念ながら「アンパンマン」をちゃんと見たことがない。どんなお話か、どんなキャラクターが登場しているのかも知らない。しかし、高知に帰省するときに「アンパンマン列車」には何度も乗ったことがある。岡山で新幹線から在来線に乗り換える時、ホームにアンパンマン列車が待っていると、いい大人の私もつい心が弾み、前から横から写真を撮ったりなんかして……。
さて、そのやなせたかしさんには弟がいた。ドラマの中ではその弟が恐ろしく優秀で、一方のやなせさんは勉強よりも絵や漫画を描いたりすることに熱中していて、周囲を戸惑わせている。兄は入試に失敗し浪人、翌年芸術学校に合格したが、弟は京都帝大に合格。ことごとく弟の方が陽の当たる道を歩いている。そんな風に兄より弟が何事においても優秀というのは、兄にとっては複雑な心境だとは思うが、ドラマの中でのこの兄弟は仲が良い。つい先日の放送でも、海軍少尉となって戦地に赴く弟との別れのシーンがじっくりと描かれ、視聴者の涙を誘った。この先、弟の身に何が起こるかを視聴者は知っているので、とてもつらいシーンなのだった。優秀で、しっかり者で優しい、それなのに若くして亡くなった、たった一人の弟のことを、やなせさんは心から愛していたに違いない。
映画『年少日記』に出てくる兄弟も、兄よりはるかに弟の方が優秀である。勉強もピアノも。
父親は兄に体罰でやる気を起こさせようとし、結果が出せなければ弟との待遇の差をあからさまにする。最後には期待することさえ、その存在さえ認めないような態度をとる。兄にとっては地獄のような日々が続き、絶望の果てに……という主人公の少年時代の辛い思い出が描かれる。しかし、この兄弟もけっして仲は悪くないのだ。親の思惑とは関係なく無邪気な兄弟の関係は生きている。兄が弟を激しく妬むことはなく、弟は親に遠慮しつつではあるが、兄とじゃれ合うこともある。実は、親の過大で一方的な期待によって傷ついているのは兄だけではなかった……ということが、やがて明らかになる。人は絶望すると、この世と決別することを選んでしまうが、何とかその絶望から這い上がる強さを培ってほしい。

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高校教師のチェンが勤める学校で自殺をほのめかす遺書が見つかる。私はどうでもいい存在だ――幼少期の日記に綴られた言葉と同じだった。彼は遺書を書いた生徒を捜索するうちに、閉じていた日記をめくりながら自身の幼少期の辛い記憶をよみがえらせていく。それは、弁護士で厳格な父のもとで育った兄弟の記憶だ。勉強もピアノも何ひとつできない兄と優秀な弟。親の期待に応える弟とは違い、出来の悪い兄は家ではいつも叱られていた。しつけという体罰を受ける兄は、家族から疎外感を感じ…。

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監督:ニック・チェク
出演:ロー・ジャンイップ、ロナルド・チェン、ショーン・ウォン
2023 年|香港|広東語|95分|配給:クロックワークス
https://klockworx.com/nensyonikki
6月6日(金)より全国公開中
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