今週は、翻訳家・エッセイストの村井理子さんの『兄の終い』を映画化した作品。絶縁状態だった兄の突然の訃報から始まる、家族のてんてこまいな4日間を描いた『兄を持ち運べるサイズに』。いわゆる泣けるシーンはほとんどないけれど、ジンとくるやら、笑えるやら、ちょっと怖いやら……でも、誰もが自分の家族を思い出す温かいお話です。

©2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会
シネマエッセイ
高知駅で特急あしずりから特急南風に乗り換える。実家のある駅を10時に出た。この先は岡山で乗り換え、新神戸に着くのは14時半頃か。実家の近くの小さな魚屋さんで買った田舎寿司を広げて食べるのが、ここ何年かの私のお決まりである。玉子巻と魚の昆布巻きだけのシンプルな寿司だが、酢がいい塩梅に控えめで私好み。特急南風のグリーン車に一人席があるのを知ってからは、少しだけ奮発してグリーン車を予約するようになった。隣席に気を遣わなくていいのと、やはり座席がゆったりしているし、足元に荷物を置いても余裕があるから、小柄な私は荷物棚を使わなくても済む。それに今日は私一人ではなく、父も一緒なのだ。高知を出るとすぐにお楽しみの寿司を平らげた。四国山脈を突っ切るトンネルをいくつも抜けると香川県に入る。そして、しばらく走ると四国と本州を繋ぐ瀬戸大橋である。鉄橋に入ると橋の繋ぎ目を通過するからなのか、列車の音が少し変化する。その音を聞いて「海を渡っているぞ~」と毎回ワクワクするのは私だけだろうか。車窓には小さな島が所々浮かぶ穏やかな瀬戸内の海が広がっている。私は膝の上に抱えていたトートバックから父を取り出し、そっと窓際に置いて手を添えた。前日に父の墓じまいをした。遺骨になった父を兵庫の自宅に連れ帰り、お寺へ納骨する前に、瀬戸内海を見せてあげようと思ったのだ。50年前、家族4人で高知から大阪へ移住した時に宇高連絡船で渡った瀬戸内海を……。父が他界して33年が経っていた。遺骨になった父はもちろん何も言わなかったけれど、きっとあの頃のことを思い出してくれたのではないだろうか。「この瀬戸大橋が開通したから、もう宇高連絡船は必要なくなって廃止されたんだよ」そんなことも伝えた。“持ち運べるサイズ”になった父は、こうして娘の私と一緒に瀬戸内海を初めて列車で渡った。2018年、高知の桜がそろそろ終わる頃のことである……。
映画『兄を持ち運べるサイズに』のラストで、主人公の理子も“持ち運べるサイズ”になった兄と新幹線を乗り継ぎ、宮城から自宅のある滋賀まで共に旅をする。幼い頃から個性の強かった兄に振り回されてきた理子だったけれど、死後の後始末をしながら心の折り合いがついたようだ。家族って、近いようで実は遠いこともある。他人には見えているものが、家族であるがゆえに見えなかったりもする。考えてみれば、家族って……複雑なシロモノ。

©2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

©2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会
理子の元に突然かかってきた警察からの電話。何年も会っていない兄が、死んだという知らせだった。発見したのは、兄と住んでいた息子の良一だという。「早く、兄を持ち運べるサイズにしてしまおう」。東北へと向かった理子は、警察署で7年ぶりに兄の元嫁・加奈子とその娘の満里奈と再会する。兄たちが住んでいたゴミ屋敷と化しているアパートを片付けていた3人が見つけたのは、壁に貼られた家族写真。子供時代の兄と理子が写ったもの、兄・加奈子・満里奈・良一の兄が作った家族のもの…同じように迷惑をかけられたはずの加奈子は、兄の後始末をしながら悪口を言いつづける理子に言う。「もしかしたら、理子ちゃんには、あの人の知らないところがあるのかな」もう一度、家族を想いなおす、4人のてんてこまいな4日間が始まったー。

©2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

©2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会
原作:「兄の終い」村井理子(CEメディアハウス刊)
脚本・監督:中野量太
出演:柴咲コウ オダギリジョー 満島ひかり 青山姫乃 味元耀大
2025年製作/日本/127分/配給:カルチュア・パブリッシャーズ
https://www.culture-pub.jp/ani-movie/
11月28日(金)公開
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