毎週金曜日の夜9時からおおくりしている「とっておきシネマ」の鳥飼美紀です。
朝夕が少しひんやりして、夜明けも遅くなり、すっかり秋めいてきましたね。
さて、今週ご紹介したのは、誰の身にも起こりえる出来事に鋭く視線を向けた『空白』という作品です。
【STORY】
ある日、中学生の添田花音はスーパーで万引きしようとしたところを店長に見つかり、追いかけられる。
必死に逃げた末に、車道に飛び出し車に轢かれ、彼女は死んでしまう。
娘のことなど無関心だったはずの花音の父親は、彼女の無実を証明しようと店長を激しく追及する。
そのうちに、彼の言動は恐るべきモンスターと化し、関係する人々全員を追い詰めていく。
【REVIEW】
冒頭10分間で衝撃の展開が描かれる。
スーパーで万引きを疑われた花音が、店長に追われ必死に逃げた末に車にはねられ、そしてさらに……。
目を覆いたくなる痛ましいシーンである。
いきなり死んでしまう花音は、漁師の父親と二人暮らし。
離婚して家を出た母親とは連絡を取ってはいるが、その母は再婚し現在妊娠中だ。
父親は仕事に没頭し、親らしいことはほとんどしてこなかったし、娘を理解することもなかった。
そんな家庭環境から寂しさを纏った花音は、まわりの人に印象を残さない存在だったことが死後にわかる。
笑っていた姿、泣いていた姿、喜んでいた姿、憤っていた姿を……誰も憶えていなかったのだ。
親からも、学校の誰からも関心を持ってもらえない……そんな十数年の人生だったことが、悲しい。
しかし、娘を何も理解していなかったはずの父親は、「娘は万引きなどしていない」と店長を追い詰めていく。
一方、謝っても謝っても、許してもらえないスーパーの店長。
切り取られた発言が炎上し店はやっていけなくなる。
ただ、万引きした女子中学生を追いかけただけなのに、人生が狂っていく。
面白おかしく報道するメディア、煽るネット社会、あからさまに無関係をアピールする学校。
そして、正論を押し付ける自称“正義の味方”……。
私たちが毎日見せられている「どうかしてしまった」かのような日本社会がこれでもかと描かれていく。
父親は、店長を責めて責めて責めまくるが、ある人からの謝罪を全くスルーしてしまっている。
それは花音を轢いた女性で、彼女は自分の母親に付き添われ、全身全霊で父親に謝罪を繰り返す。
が、父親の視線は店長にだけ向けられていて、その女性の謝罪は父親の心にかけらも刺さらないのだ。
しかし、加害者と被害者の立場が逆転した時の女性の母親の真摯な言葉が光を放つ。
「人を許す」ということはとても尊いことだが、心から許すことができるのだろうかとも思う。
できないと思うからこそ、「許そう」と自分自身に言い聞かせ続けていくことが大切なことなのだろう……。
父親の「みんな、どうやって折り合いをつけるのか」という呻きが苦しく響く。
『空白』というタイトルの横に「イントレランス」という英語が書かれている。
意味は「不寛容」だそうだ。まさに今は不寛容な時代と言われている。
この物語にはそんな不寛容な人物や出来事がぎっしり詰まっていて、見ている者の感情もかき回される気がする。
もし自分がこの父親だったら、また逆の立場でスーパーの店長だったら……そう思うと、生きていくことはなんて怖いことだろうと思う。
監督:吉田恵輔
出演:古田新太 松坂桃李 田畑智子 藤原季節 趣里 伊東蒼 片岡礼子 寺島しのぶ
2021年 日本 107分 配給:スターサンズ、KADOKAWA
https://kuhaku-movie.com/
9月23日(木・祝)~大阪ステーションシティシネマ 神戸国際松竹 TOHOシネマズ西宮OSなどで公開中