鳥飼美紀が、金曜の夜9時からお送りしている最新シネマ情報番組「とっておきシネマ」。
今週は、フランス映画『落下の解剖学』をご紹介しました。
~鳥飼美紀のシネマエッセイ~
私は自分で高所恐怖症だと思っている。
外が見えるシースルーエレベーターやマンションの外廊下、ビルの外階段が怖い。
以前、大きな観覧車に乗った時には恐怖のあまりゴンドラ内の床に座り込んでしまったこともある。
私の家は2階建てなので、その程度の高さならベランダに出ても何も感じないが、これが3階建ての住居なら平気ではいられないだろう。
この映画の主人公サンドラの夫は、3階建ての大きな山荘の屋根裏部屋から転落して遺体となって発見される。
検視の結果、死因は「頭部の外傷」とされた。夫は、誤って窓から転落したのか、何者かに殴打され落下したのか、それとも自ら飛び降りたのか……。
第1発見者は犬の散歩から帰宅した視覚障がいのある息子。
その時刻に家の中で昼寝をしていたという妻がまず疑われるのは自然なことだろう。
人気作家であるサンドラは、夫のサミュエル、息子のダニエル、そして愛犬スヌープの3人と1匹で暮らしていた。
表面的には平和な家庭のように見えるけれど、実はさまざまな問題が隠されていたことが周囲の証言や証拠の音声で明らかになってくる。
サンドラはすでに人気作家だがサミュエルは作家を目指しているという夫婦のバランス、息子の視覚障がいの原因、サンドラのある秘密……。
冒頭、サンドラが自宅で学生からインタビューを受けている時に3階にいる夫が大音響で音楽を鳴らす。
インタビューを妨害しているのか、精神に異常をきたしているのかと、観る者は夫婦の不穏な雰囲気を感じる。
父親が転落死し、母親がその殺人を疑われるという複雑な立場に身を置くダニエルの、最後の証言に胸を打たれる。
壮大な雪景色の中で哀しみの底に転落したこの家族の物語は、第76回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞。
第96回アカデミー賞®作品賞他5部門にノミネートされている。
「落下」がテーマのこの作品を象徴するシーンとして、階段から落ちてくるボールを咥える犬のスヌープを演じたメッシというボーダーコリーが、カンヌのパルムドールならぬ「パルムドッグ」賞を受賞しているのが微笑ましい。
【ストーリー】
人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。はじめは事故と思われたが、次第にベストセラー作家である妻サンドラに殺人容疑が向けられる。
現場に居合わせたのは、視覚障がいのある 11 歳の息子だけ。
事件の真相を追っていく中で、夫婦の秘密や嘘が暴露され、登場人物の数だけ〈真実〉が現れるが――。
監督:ジュスティーヌ・トリエ
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ
原題:Anatomie d’une chute|2023 年|フランス|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|152 分|字幕翻訳:松﨑広幸|G
配給:ギャガ
公式サイト:gaga.ne.jp/anatomy X:@Anatomy2024
2月23日(金・祝) TOHOシネマズ シャンテ他全国順次公開
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