鳥飼美紀が、金曜の夜9時からおおくりしている最新シネマ情報番組「とっておきシネマ」。
今週は、日本映画『水平線』をご紹介しました。
~鳥飼美紀のシネマエッセイ~
その昔、人気ニュース番組のエンディングだったと思うが、日本列島の海岸線を一筆書きのように衛星カメラで毎日映していく……というのがあり、私はその時間を楽しみにしていた。
「このまま列島の輪郭をなぞっていくと私の故郷も必ず映る」とワクワクしながら……。
なぜなら、海辺にある共同墓地に私の父親が眠っているからだった。
空の上からその墓地を眺めることができるなんて、普通ならあり得ないではないか。
ところが、そろそろ故郷の上をカメラが通るぞという直前に、番組がリニューアルされて衛星カメラのコーナーが終わってしまった。
私は、太平洋の潮騒が聞こえる海辺の小さな村で生まれた。
生後半年で同じ県内の少し大きな町へ引っ越し、幼い頃はお盆休みなどに家族で帰省していた。
路線バスに乗って一つ山を越えるのだが、峠から見える故郷の海は子供心にも「絶景!」だった。
山裾に田畑が広がり、所々に小さな集落、湾と港があり、灯台のある岬と白波が立つ浜辺。
その景色の先には海と空を分ける長い水平線……。
海はすべてを受け入れてくれるかのように、おおらかに両手を広げているように見えた。
ダイナミックな太平洋だから、そう思えたのかもしれない。
この映画『水平線』は同じ太平洋をのぞむ福島県を舞台に、散骨業を営む父とその娘の葛藤を描いた物語だ。
主人公の井口は東日本大震災で妻を亡くし、娘と二人で暮らしている。
その井口のもとに、かつて世間を震撼させた通り魔殺人事件の犯人の遺骨が、唯一の遺族である犯人の弟によって持ち込まれたことから騒動が始まる。
「津波で多くの人がのみこまれたこの海に、人殺しの骨を撒くつもりか」と詰め寄るジャーナリスト。
「風評被害をどうしてくれるのか」と責める漁師仲間たち。津波で母を失った娘の奈生も複雑な思いを抱える。
大きな声で正義を振りかざす人たちに違和感を覚える井口だったが、世間や周囲に責められて一度は殺人犯の弟の元へ遺骨を返しに行く。
しかし雨の中、黙々と除染作業に従事する弟の姿を見て、井口はきっぱりと引き返すのだった。
そのシーンに井口の人間性が表れているのではないか。
何が正しくて、何が正しくないか簡単に答えの出るテーマではなく、観終わった後にも考え続けてしまう作品。
ただ、とてつもなく広くおおらかな海は、すべてを受け入れてくれるのではないか……私はそう思いたい。
福島県のとある港町。
震災で妻を失った井口真吾は、個人で散骨業を営みながら一人娘、奈生と暮らす日々。
ある日、彼のもとに持ち込まれた遺骨は、かつて世間を賑わせた通り魔殺人事件の犯人のものだった。
その後、ジャーナリストの江田が真吾の元を訪れ、震災で多くの人が眠るこの海に殺人犯の骨を撒くのかと迫る。
娘の奈生もその散骨に反対し家を出て行ってしまう。苦しい選択を迫られるなか、真吾が下した決断は――。
監督:小林且弥
出演:ピエール瀧 栗林藍希 足立智充 内田慈 押田岳 円井わん 高橋良輔
2023年/日本/119分/配給・宣伝:マジックアワー ©2023 STUDIO NAYURA
https://studio-nayura.com/suiheisen/
3月1日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次公開 関西は3月8日(金)~