今週のとっておきの１本は、母を亡くし、１人で生きる 12 歳の少女のもとに音信不通だった父親が突如現れたことから始まる共同生活。いびつだけど愛おしい最高の“父娘”の物語『SCRAPPER／スクラッパー』です。
© Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022
～シネマエッセイ～
その日は外出の予定があり、朝から忙しかった。朝食後に洗濯物を干し、掃除機をかけていると冷蔵庫のドアに小さな蜘蛛が這っているのを見つけた。私の小指の爪より小さな蜘蛛だけれど、私は蜘蛛が大の苦手。どうしよう……。でも、朝の蜘蛛は殺してはダメと小さい頃から言われてきた。何でも、朝に現われる蜘蛛は「福」を持ってくるらしい。朝でも夜でも、蜘蛛でも蝿でもヤモリでも、私は生きものを殺すことに抵抗がある。私の前世は虫だったのかもしれない……仕方がない、見なかったことにする。その後、知人の朗読会に大阪まで出かけた。知人の朗読した作品が岡本綺堂の『蜘蛛の夢』という蜘蛛を使った賭博の話が出てくる作品だった。「今日は蜘蛛づいているな～」と小さな偶然に驚く。その日の夜、映画の試写を観ていたら、これまた蜘蛛が出てきた。「何かの予言か？」と、思わずスマホで「蜘蛛」を検索したら、蜘蛛の写真がどんどん出てきて背筋がムズムズしてきたので深追いすることを断念した。朝見つけた蜘蛛は福を持ってきたわけではないが、3つの蜘蛛リンクがちょっと嬉しい私だった。
© Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022
その、蜘蛛の出てくる映画が今回紹介する『SCRAPPER』である。母親を亡くし、1人暮らしをしている12歳の少女の家に、数匹の蜘蛛たちが住み着いている。ナポレオン、チンギス、ユリウスとサッチャー……それぞれにちゃんと名前がついているようだ。ただし、主人公の少女は蜘蛛たちを掃除機で吸いたいらしい。蜘蛛に名前を付けて友情を感じているのは、少女の親友である少年である。蜘蛛たちは時々、物語の展開にツッコミを入れたりする。もしかすると我が家の冷蔵庫にいたあの小さな蜘蛛も、私の行動にツッコミを入れているのかもしれないと思うと、ちょっと愉快に思えてくる。
それにしても、12歳の子どもがたった１人で暮らせるかというと、現実的でない。経済的にも精神的にも、そして防犯的にも危うい。主人公の少女は、常に寂しさと悲しみと不安を強気の態度で忘れようとしている。まさに孤独と“闘う人SCRAPPER”なのだ。そんな少女の前に現われた若き父親は、けっしてエリートではなく、思慮の浅いところもあるが、父親であろうと頑張る。この凸凹親子の未来には色々な出来事が起こるのだろうけれど、なんだか楽しそうだ。親子が住むカラフルに塗装されたアパートのように明るい未来であってほしいと願う。
© Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022
母との思い出が詰まった居場所を守るため、アパートで独り暮らしをしているジョージー。生前に母からもらった大切なユニフォームをさながら戦闘着のごとく身にまとい、大人顔負けの話術と図太さで近隣住人やソーシャルワーカーの介入や詮索をかわし、親友のアリと自転車を盗み日銭を稼ぎながらたくましく生き抜いていた。そんな彼女のもとにある日突然、父だと名乗る金髪の男ジェイソンが現れる。母を捨てて育児から逃げた父を許せず、拒絶するジョージー。信頼関係ゼロのふたりが見つけたものとは……。
© Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022
監督・脚本：シャーロット・リーガン
出演：ローラ・キャンベル、ハリス・ディキンソン
2023 年／イギリス／英語／84 分／配給：ブロードメディア
© Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022
公式サイト：https://scrapper.jp/
7月5日（金）全国公開
【とっておきシネマ】
ハニーFMポッドキャストで配信しています。（再生ボタン▶を押すと番組が始まります）
