今週のとっておきの1本は、ノスタルジックな台湾映画『本日公休』です。フー・ティエンユー監督の母親をモデルに、監督の実家の理髪店で撮影した物語。人生を誠実に生きることの素晴らしさをあらためて教えてくれる作品です。
~シネマエッセイ~
月に1回、電車で1時間半以上かけて行きつけの美容院に通っている。若かりし頃、雑誌の美容院特集で見つけ、気がつけば30年来の付き合いになる。その美容院、今や創業90年以上になるという老舗で、通い始めた当時は大ベテランから10代の若手まで幅広い年齢層のスタッフがいた。初めての日に担当してくれた美容師さん、地方出身のシャンプーボーイ、ヘッドスパの力加減が絶妙の新人さん……など、接したスタッフは数知れない。当時、この美容院には若いスタッフ達から「先生」と呼ばれる数人の年配美容師さんがいた。以下は私の担当のY店長から聞いた話である。その「先生」の一人であるIさんは、公休日を利用して、店に来られなくなった常連のお客さんの家まで行き、カットやパーマをすることがあったそうだ。「I先生、いつもお休みの前日に『お客さんのためにロットとパーマ液を持ち帰ります』と言って……」と、Y店長はさりげなく話してくれた。店に来られなくなったらそれで終わってしまう関係ではなく、「来ていただくのが難しいようなら、こちらから伺いましょうか?」というIさんの優しさと誠意、そしてその行動を見守る美容院そのものにも温かいものを感じる。私が通い始めてから30年の間にスタッフも世代交代をしていて、Iさんはじめかつて活躍していた「先生」達の姿はもう見られない。80代に入ったIさんもリタイアして穏やかな老後を過ごされているという。
9月20日公開の台湾映画『本日公休』は、まさにそのIさんのような理髪師さんのお話だ。1人で理髪店を営む女性アールイは、以前よく通ってくれていた顧客が病に伏していることを知り、その顧客の住む遠くの町まで出張散髪に行く。その前後には店を訪れる客たちや家族とのあれこれが描かれ、道中では面白いエピソードもある。アールイが病床のお得意さんの髪を整える手つきは誠実さに溢れていて、見ているだけで心地よい。慎ましくも誠意をもって理髪店を営む主人公に、「誠実に人生を生きること」をあらためて教えてもらったような温かい作品である。
台中にある昔ながらの理髪店。40 年にわたり、店主のアールイは店に立ち、常連客を相手にハサミの音を響かせている。ある日、離れた町から通ってくれていた常連客の“先生”が病の床に伏したことを知ったアールイは、店に「本日公休」の札を掲げ、古びた愛車でその町に向かうが…。
監督・脚本: フー・ティエンユー
出演:ルー・シャオフェン フー・モンボー アニー・チェン ファン・ジーヨウ シー・ミンシュアイ チェン・ボーリン
2023 年|台湾|106 分|配給:ザジフィルムズ /
オリオフィルムズ公式サイト https://www.zaziefilms.com/dayoff/
9月20日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
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