今週は、第25回上海国際映画祭で最優秀監督賞と最優秀男優賞を受賞した、『来し方 行く末』という作品をご紹介します。夢破れた脚本家がたどり着いた、弔辞を綴る仕事。他人の人生の欠片を拾い集め、言葉に託す日々の中で、自分を見つめ直す瞬間が主人公に訪れます。
原題は『不虚此行』(訳:この旅は無駄ではなかった)、英題は『All Ears』(訳:耳を傾ける)、そして日本語タイトルは『来し方 行く末』(過ごしてきた日々と、これから先の日々)。観終わった後、その言語別タイトル一つ一つに納得できる物語です。

©Beijing Benchmark Pictures Co.,Ltd
~シネマエッセイ~
映画『来し方 行く末』の主人公は、脚本家になる夢があった。創作のため、人間観察をしようと選んだ場所が、葬儀場。永遠の別れの場に集う人々の表情に目を凝らし、発する言葉に耳を澄ます。そのうち、弔辞を書いてみないかと葬儀場のスタッフに誘われ、脚本家になれないまま弔辞作家として生きてきたのだった。それほどの熱意もないが、真摯に書いた。気がつけば40歳。弔辞を書くための取材で出会った人たちの話を丁寧に聞くうち、自分自身の「来し方行く末」をあらためて考えるようになる……。
そういえば、人間観察というほどではないが、私も電車の中で気になった人のファッションやら言動をスマホにメモしていたことがあった。そのメモを読み返してみると、見たこと聞いたことを記したあとに、私見を書いている。その辛辣なこと! それは、とても人様にお見せすることはできないが、そんな中にもちょっと笑えたり、ホッとするものがある。たとえば、「某月某日 遠くの美容院へ行った帰りの電車。優先座席に正座しているおばさんがいた。可愛い」。また、「某月某日 最近の女性は、電車の中であくびをする時、手で口を隠さないのか? 夜8時過ぎ、快速電車の女性車両。大口開けてあくびをする女性を時間差で3人目撃。」あるいは、「某月某日 大阪に向かう電車の中。『ふるさと』を縦笛で吹いている音が流れてきた。前の席の男性の携帯着信音だった。悲しくも寂しくもないのに込み上げてくるものがあり、懐かしい昭和の生活を思い出す」などなど。どれも全く憶えていないことばかりだが、その時の私には強烈に印象的だったのだろう。メモに書かれた人物たちを少しデフォルメして、小説やシナリオにBGMならぬBGP(BackGround People:造語)として登場させたら、良いアクセントになるかもしれない……なんて思ったりもする。「書きたい人」にとって、人間観察は必須なのだ。

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主人公のウェン・シャンは大学院まで進学しながら、脚本家として商業デビューが叶わず、今は葬儀場での弔辞の執筆で暮らしている。丁寧な取材による弔辞は好評だが、本人はミドルエイジへと差し掛かる年齢で、このままで良いのか自問自答する日々。そんなウェンと弔辞の依頼主たちとの交流を通し、ウェンが人生の迷子となっていた時期からゆるやかに抜け出すまでの物語。

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監督・脚本:リウ・ジアイン[劉伽茵]
出演:フー・ゴ―[胡歌]、ウー・レイ[呉磊] 、チー・シー[斎溪]、ナー・レンホア[娜仁花]、ガン・ユンチェン[甘昀宸]
2023年/中国/119分/配給:ミモザフィルムズ
https://www.mimosafilms.com/koshikata/
4月25日(金)より全国順次公開
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