今週は、第77回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したインド映画『私たちが光と想うすべて』をご紹介します。これまでの歌って踊る、あるいはアクション系インド映画のイメージを一新し、2人の女性を主人公にした優しく淡い映像美の作品です。ドキュメンタリーで評価されてきた監督らしい冒頭のシーンから、現在のインドが見えてきます。

© PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS – BALDR FILM – LES FILMS FAUVES – ARTE FRANCE CINÉMA – 2024
【シネマエッセイ】
日本で女性専用車両が設けられて20年以上が経つようだ。主に痴漢防止が目的だったと思うが、すっかり定着している。導入直後は、女性専用車内で食事をしたりお化粧をしたりする人が目につき、昭和生まれのおばちゃんである私は女性専用車でのストレスのほうが大きかったような気がする。また、女性専用車に間違えて乗ってしまった男性が、ハッと気がつき律儀にドアから飛び出したものの、その瞬間にドアが閉まり……という気の毒なシーンも何度か目にした。(そんなに慌てなくても、連結ドアから隣の車両に移れば良かったのに)と申し訳なく思ったものだ。今では男性たちも慣れてきて、たとえ女性専用車に乗ってしまっても、さほどパニックにならず別車両に移ってくれる人が多い。この女性専用車両には賛否両論あると思うが、日本だけが導入しているのではないらしい。それに気がついたのが、今回紹介のインド映画『私たちが光と想うすべて』である。
主人公のプラバとアヌは同じ病院に勤める看護師で、電車で通勤している。彼女たちが乗っているのが女性専用車両なのだ。軽くネットで調べてみると、海外の女性専用車両は犯罪防止のためだけではなく、男女の同席を避けるべきという宗教上の理由もあるようだ。なるほど……そこまでは思考が及ばず自分の視野の狭さや浅はかさに恥じ入る。映画の舞台となるインドにも様々な宗教がある。まさに、主人公の1人アヌはヒンドゥー教徒だが、彼女の恋人はイスラム教徒。とても親に許してもらえる関係には進めないのだった……。異教徒を愛してしまったアヌと、親の決めた結婚をしたものの夫と1年以上も会えていないプラバ。物語の前半はそれぞれに心揺れる問題を抱えながらの日々を、後半には観る者が余韻に浸れる心地よいラストが、雨の大都会と海辺の村との対比で描かれる。異文化に触れる作品はいつも新鮮である。そう言えば、インドの列車のボックス席は3人掛けのようである。降りる時、2人掛けの席からでも「よっこらしょ」と大変なのに、3人掛けならさらに難儀なことになりそうだ。

© PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS – BALDR FILM – LES FILMS FAUVES – ARTE FRANCE CINÉMA – 2024
インドのムンバイで看護師をしているプラバと、年下の同僚のアヌはルームメイト。職場と自宅を往復するだけの真面目なプラバと、何事も楽しみたい陽気なアヌの間には少し心の距離があった。プラバは親が決めた相手と結婚したが、ドイツで仕事を見つけた夫から、もうずっと音沙汰がない。アヌには密かに付き合うイスラム教徒の恋人がいるが、親に知られたら大反対されることはわかっていた。そんな中、病院の食堂に勤めるパルヴァティが、高層ビル建築のために立ち退きを迫られ、故郷の海辺の村へ帰ることになる。揺れる想いを抱えたプラバとアヌは、一人で生きていくというパルヴァティを村まで見送る旅に出る。神秘的な森や洞窟のある別世界のような村で、二人はそれぞれの人生を変えようと決意させる、ある出来事に遭遇する──。

© PETIT CHAOS – CHALK & CHEESE FILMS – BALDR FILM – LES FILMS FAUVES – ARTE FRANCE CINÉMA – 2024

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監督・脚本 パヤル・カパーリヤー
出演:カニ・クスルティ ディヴィヤ・プラバ チャヤ・カダム リドゥ・ハールーン アジーズ・ネドゥマンガード
2024 年/フランス、インド、オランダ、ルクセンブルク/118 分/PG12/配給:セテラ・インターナショナル
https://watahika.com/
7月25日(金)ロードショー
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