今週は、ロカルノ国際映画祭でグランプリとヤング審査員賞特別賞をW受賞した日本映画『旅と日々』をご紹介しましょう。つげ義春の漫画を原作に、行き詰った脚本家が旅先での出会いをきっかけにして、ほんの少し歩みを進める温かな物語です。脚本家を演じるシム・ウンギョンさんと宿の主を演じる堤真一さんのコンビが、何となく面白いですよ。

© 2025『旅と日々』製作委員会
シネマエッセイ
やっと暑さもどこかに消え去り、旅に出るのにちょうど良い季節になった。もっとも、今年の旅は熊と遭遇しないような場所を選ばなくてはならないから大変ではあるが……。旅といえば「宿選び」が大きなポイントであり、一番の楽しみではないだろうか。宿次第で旅の思い出が大きく変わってくることもある。せっかくだから非日常を味わえる宿を選びたい。バブルの頃にあちこちへ出かけた私(あの頃は皆そうだったはず)は、どちらかというとホテル派で、ボーナスをほとんど全て注ぎ込んで身分不相応なホテルに泊まる旅をしたものだ。ワクワクしながら予約を入れて、期待どおりかそれ以上の宿であればいいけれど、ごく稀にとんでもないもてなしを受けることがある。ハワイの超有名ホテルでは、ごく狭い部屋をあてがわれ、レストランでは日本人だからか事前にチップの念押しをされ、プールサイドではバスタオルを投げ渡され、何かと腹立たしい思いをしたことがある。逆に、日本の横浜のホテルと金沢の旅館ではダブルブッキングだったのか同じ料金でグレードアップの部屋に案内され、横浜では上層階の富士山の見える部屋、金沢では茶室付きの部屋に宿泊したことがある。どちらも女子3人旅だったので、まさに非日常を味わい大満足の旅となった。旅は「宿」次第……と、間違いなく思う。
しかし、映画『旅と日々』の主人公の脚本家は、とんでもない宿で非日常を味わうことになる。彼女は、自分には脚本家としての才能がないのではないかと行き詰った状態で旅に出るのだが、宿の予約もせずにフラッと雪深い地方に向かう。案の定どの宿も満室だが、親切な従業員が「あの山の向こうにある宿なら空いているかも」と言ってくれる。雪深い地方で、あの山の向こうに行こうと思う主人公が凄いし、あの山の向こうに着いたら日はとっぷりと暮れている。あの山の向こうと言われた宿は、古民家という呼称を通り越し廃墟のよう。しかし彼女は泊まるのである。だって、もう夜だから……。宿はおじさんが1人で営んでいるようで、2人は囲炉裏を囲んで食事をし、囲炉裏を挟んで布団を敷いて寝る。これも立派な非日常で、彼女はこの宿で過ごすうちにほんの少しずつ心がほぐされていく。激しく心を揺さぶられるような感動的な展開にはならないが、何故か彼女と共に雪で洗われた綺麗な空気を吸っているような気がしてくる。そして……脚本家役シム・ウンギョンの鉛筆の握り方が美しいのに見とれてしまうのだ。

© 2025『旅と日々』製作委員会
ストーリー
強い日差しが注ぎ込む夏の海。ビーチが似合わない男が、陰のある女に出会い、ただ時を過ごす―。脚本家の李は行き詰まりを感じ、旅に出る。冬、李は雪の重みで今にも落ちてしまいそうなおんぼろ宿でものぐさな宿主、べん造と出会う。暖房もなく、布団も自分で敷く始 末。ある夜、べん造は李を夜の雪の原へと連れ出すのだった…

© 2025『旅と日々』製作委員会
監督・脚本:三宅唱
キャスト:シム・ウンギョン 堤真一 河合優実 髙田万作 佐野史郎 斉藤陽一郎 松浦慎一郎 足立智充 梅舟惟永
原作:つげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」
製作:映画『旅と日々』製作委員会
製作幹事:ビターズ・エンド、カルチュア・エンタテインメント
企画・プロデュース:セディックインターナショナル
制作プロダクション:ザフール
配給・宣伝:ビターズ・エンド
公式X:@tabitohibi 公式Instagram:@tabitohibi_mv
#映画旅と日々
映画『旅と日々』 絶賛公開中!
https://www.bitters.co.jp/
11月7日(金)大阪ステーションシティシネマほか全国ロードショー
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