金曜の夜9時からおおくりしている、最新シネマ情報番組「とっておきシネマ」の鳥飼美紀です。
今週のとっておきの1本は、『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』というドイツ映画。
ゲシュタポ(ナチスの秘密警察)に監禁された公証人が、1冊のチェスの本を武器に命を張ったナチスとの心理戦に挑む、驚愕のサスペンスです。
いわゆる“ナチスもの”ですが、実話ではなく、当時のオーストリアの作家による短編小説が原作です。
ヒトラーがドイツの首相に就任し、反ユダヤ主義がオーストリアにも広がった頃、ユダヤ人であるその作家はイギリスに亡命しました。
その後、作家はブラジルやアメリカなどを転々とするのですが、あの時代を生きたユダヤ人作家だからこそ書けた物語なのでしょう。
彼自身は迫害を逃れたようですが、数多くの私的な交流や手紙のやりとりから、ドイツや祖国オーストリアで当時何が起こっているのかは知っていました。
強制収容所のことはもちろん、この小説の舞台となる豪華ホテル・メトロポールで何が行われていたのかも……。
その作家の名はシュテファン・ツヴァイク、原作名は『チェスの話』という小説です。
ツヴァイクは、1942年にこの『チェスの話』を完成させた直後に、戦争の終結を待たず妻と共に自ら命を絶ちました。
この小説は、平和と芸術を深く愛するツヴァイクがナチスによる生命と文化の破壊に絶望して亡くなったことから、命を懸けてナチスに抗議した書として世界的ベストセラーになったのです。
日本では、みすず書房から発行されています。
【STORY】
ロッテルダム港を出発し、アメリカへと向かう豪華客船。
かつてウィーンで公証人を務めていたヨーゼフ・バルトーク、は久しぶりに再会した妻と船に乗り込む。
ヨーゼフには、ヒトラー率いるドイツがオーストリアを併合した時にナチスに連行され、監禁された過去があった。
ナチスから彼が管理する貴族の莫大な資産の預金番号を教えろと迫られ、それを拒絶したためホテルに監禁されたのだ。
アメリカへ向かう客船内ではチェスの大会が開かれ、世界王者が船の乗客全員と戦っていた。
船のオーナーにアドバイスを与え、引き分けまで持ち込んだバルトークは、オーナーからチェスの実力を見込まれ王者との一騎打ちを依頼される。
バルトークがチェスに強いのは、監禁中に盗み読んだ本がチェスのルールブックだったからである。
書物を求めるも無視され、監視の目を潜り抜け手に入れた1冊の本を熟読した結果、すべての手を暗唱できるまでになったバルトーク。
彼は、どうやってナチスの手から逃れられたのか……王者との白熱の試合の行方と共に、衝撃の真実が明かされる──。
【REVIEW】
主人公のヨーゼフは夜毎パーティを楽しむ優雅な暮らしをしていたが、ドイツがオーストリアを併合し、人生がひっくり返ってしまう。
ホテル・メトロポールはウィーンのゲシュタポ本部となって残酷な尋問方法と拷問によって恐れられ、この映画の主人公も監禁され精神的拷問を受ける場所である。
ヨーゼフはホテル・メトロポールに連行され、彼の管理する貴族の貯金番号を教えろと迫られる。
口を割らないヨーゼフは、恐ろしい「特別処理」に回されるが、それは実際の暴力ではなく精神的な拷問を受けることを意味する。
ホテルの一室に監禁され、食事はパン一切れと少しのスープと煙草1本、もちろんラジオや書物・新聞もない。
過酷な監禁生活が1年も続くと、いよいよ精神的に追い詰められ、正常ではいられなくなる。
そんなヨーゼフを救ったのが、監視の目を潜り抜けて手に入れた1冊の本、それが「チェスの本」だった。
この本を熟読することで、彼は監禁による狂気に立ち向かうが……。
監禁生活での過去の記憶と、アメリカに向かう船の中での現在の出来事が入り混じって描かれる。
観客は主人公と同じく過去と現在が混濁してくるが、ラストには、「そうだったのか……」となる。
しかし、その「そうだったのか」は、それぞれの観客によって、やや違うものになるのかもしれない。
1942年、原作となる「チェスの話」を書きあげたツヴァイクは、原稿を送った翌日に妻と共に自ら命を絶っている。
戦争の終結を待たずに、ツヴァイクはどんな気持ちで人生の幕を下ろしたのだろうか……。
監督:フィリップ・シュテルツェル
原作:シュテファン・ツヴァイク「チェスの話」
出演:オリヴァー・マスッチ アルブレヒト・シュッヘ ビルギット・ミニヒマイアー
2021/ドイツ/ドイツ語/112 分/提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ
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7月21日(金)~全国順次ロードショー 関西では、アップリンク京都 シネマート心斎橋 kino cinema神戸国際