今週のとっておきの1本は、イギリス映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』。英国版『VOGUE』誌の記者として第二次世界大戦中のヨーロッパを取材した、アメリカの先駆的な従軍記者兼写真家・リー・ミラーという女性の人生を描いた実話です。主演と製作総指揮を兼ねるのは、アカデミー賞をはじめ数々の映画賞に輝くケイト・ウィンスレット。逞しい演技に目を見張ります。監督は、⻑編映画監督デビューとなるエレン・クラス。

© BROUHAHA LEE LIMITED 2023
【シネマエッセイ】
映画でも小説でもラブストリーは私の苦手なジャンルだ。だからなのか、1997年に大ヒットした『タイタニック』にはどうも惹かれなかった。画家志望の青年ジャックと上流階級の令嬢ローズが豪華客船タイタニック号で出会う。ローズには親の決めた婚約者がいたが、裕福ではないけれど画家になりたいという夢を持ち前向きに生きるジャックに惹かれる。タイタニック号が座礁し沈没するときに、ジャックは自分を犠牲にしてローズを助ける。この顛末に多くの女性たちは感動したはずだ。豪華客船の舳先に立つローズを背後から優しく支えるジャック……このシーンはセリーヌ・ディオンの歌う主題歌♪マイ・ハート・ウィル・ゴー・オンと共に何度もメディアで流れ、映画を観ていない人にも印象に残っているだろう。もちろん素敵なシーンだと思うけれど、それよりも最後まで演奏を止めなかった楽団が船と共に沈んでいくシーンに、私は大泣きした。ともあれ、人により思い入れはそれぞれだとは思うし、アカデミー賞を受賞した『タイタニック』が大作であり名作であることに間違いはない。
さて、あの可憐で美しいローズを演じたケイト・ウィンスレットが、今回は製作総指揮と主演を兼ねて、逞しく骨太な映画を世に出した。現在50歳のウィンスレットが貫録の演技を披露する『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』である。美と知性を兼ね備えた元モデルの女性リー・ミラーが、ローライフレックスカメラを首からぶら下げ、従軍記者兼写真家として戦場の最前線で写真をバンバン撮っていく。弾が飛び交う戦闘地域、解放直後のナチス収容所、自死したヒトラーのアパートなど、数えきれない貴重な“真実”の写真が遺されているという。映画の終盤で、ナチスの収容所が解放された時に撮られた凄まじく悲惨な写真を巡って、リーが激しく感情を高ぶらせるシーンが描かれる。それは忘れることができないほど私の心を打った。人は、胸がえぐられるような悲惨な状況知らなければならないこともある、と私に教えてくれた。真実を知ることで不安になることや恐怖を覚えることもある。けれど、なかったことにはできないのだ。正面から目を見開いてみることができなくとも、少しずつ少しずつ、端っこからでも“真実”を捉えていきたい。主人公を演じたケイト・ウィンスレットと監督のエレン・クラスへのリスペクトが止まらない作品である。

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1938年フランス、リー・ミラーは、芸術家や詩人の親友たちと休暇を過ごしている時に芸術家でアートディーラーのローランド・ペンローズと出会い、瞬く間に恋に落ちる。だが、ほどなく第二次世界大戦の脅威が迫り、一夜にして日常生活のすべてが一変する。写真家としての仕事を得たリーは、アメリカ「LIFE」誌のフォトジャーナリスト兼編集者のデイヴィッド・シャーマンと出会い、チームを組む。1945年従軍記者兼写真家としてブーヘンヴァルト強制収容所やダッハウ強制収容所など次々とスクープを掴み、ヒトラーが自死した日、ミュンヘンにあるヒトラーのアパートの浴室で戦争の終わりを伝える。だが、それらの光景は、リー自身の心にも深く焼きつき、戦後も長きに渡り彼女を苦しめることとなる。

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監督:エレン・クラス
出演:ケイト・ウィンスレット、アンディ・サムバーグ、アレクサンダー・スカルスガルド、マリオン・コティヤール、ジョシュ・オコナー、アンドレア・ライズボロー、ノエミ・メルラン
2023年/イギリス/116分/配給:カルチュア・パブリッシャーズ
https://culture-pub.jp/leemiller_movie/index.html
5月9日(金)全国公開
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