今週のとっておきの1本は、なんと“殺し屋”が主人公。記憶を失う病に侵された孤高の老ヒットマンが〈人生最期の完全犯罪〉に挑む物語『殺し屋のプロット』です。名優マイケル・キートンが、監督・主演・製作を一手に引き受けた作品。緻密かつスリリングな犯罪と、一人の男の“人生の締めくくり方”が交錯する、緊迫のネオ・ノワール映画です。

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シネマエッセイ
小春日和のある週末のこと。綿の毛布を洗濯して2階のベランダに干した。ぽかぽかとした太陽の熱と、夏でも冬でもない爽やかな空気にさらされた毛布はきっとふかふかに仕上がる。ただ、11月の夕暮れはつるべ落とし。日が翳ったなと思ったらあっという間に暗くなる。気がついたら4時前になっていた。毛布が冷えては意味がないと、慌ててベランダに出て取り入れようとして、私は叫びそうになった。毛布の端っこに大きな蜘蛛がくっついている! 自慢じゃないが、私は蜘蛛が怖い。もしかしたらこの世で一番怖いかもしれない。体は細身だけれど足の長い蜘蛛。今、家にいるのは私だけ。蜘蛛のくっついた毛布をさわれない私だけ……。勇気を出して、布団たたきで蜘蛛を空中に飛ばそうとしてみたが、失敗。怖くて2度目のトライができない。早く入れないと日が暮れて湿ってしまう。ベランダでオロオロしていると、母がデイサービスから帰ってきた!「お母さん、お願い!」と93歳の足の悪い母を2階へ押し上げ、なんとか追い払ってもらった。「殺さなくていいから、とにかく毛布から離して」という私の言うとおりに、母は布団たたきで蜘蛛を空中に飛ばしてくれた。大嫌いな蜘蛛も、可愛らしいヤモリの赤ちゃんも、ゴキブリも、カメムシも、私は殺すことはもちろん追い払うことさえできない。優しい気持ちというより、手を下したくないというズルい気持ちがあるのかもしれない。
映画『殺し屋のプロット』の主人公ノックスは非情かつ完璧なヒットマン。殺しの標的となった人物の悪事を並べ立てる仲間に「そんな情報はいらない」と言い、銃口を向ける。仲間は「こんなひどい奴だから殺すのだ」と自分を納得させたいのだろうが、ノックスはただ受けた仕事を完璧に遂行するのみ。クールに手を下すのだ。そんなノックスが記憶を失う病に侵され、息子を救うために挑む人生最期の完全犯罪は思いがけず優しく哀しい……。犯罪が描かれるノワール映画にも胸が熱くなる結末があるのだ。

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博士号を取得し大学で教鞭をとっていたこともある元陸軍偵察部隊の将校、ジョン・ノックス。だが、それは表の経歴で、実は“殺し屋”という裏の稼業を老ヒットマンとなった現在に至るまで完璧にこなしてきた。そんなノックスに予期せぬ事態が降りかかる。急速に記憶を失う病と診断され、残された時間はあと数週間だというのだ。やむなく引退を決意したノックスの前に、縁を切っていた一人息子が現れ、人を殺した罪をプロである父の手で隠蔽してほしいと涙ながらに訴える。刻々と記憶が消えていく中、ノックスは息子のために人生最期の完全犯罪に挑む──。

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監督・主演:マイケル・キートン
出演:ジェームズ・マースデン スージー・ナカムラ ヨアンナ・クーリク レイ・マッキノン ジョン・フーゲナッカー リーラ・ローレン マーシャ・ゲイ・ハーデン アル・パチーノ
2023 年/アメリカ/115分/G/ 配給:キノフィルムズ
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12 月5日(金) 全国公開
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