金曜の夜9時からおおくりしている最新シネマ情報番組「とっておきシネマ」の鳥飼美紀です。
今週のとっておきの1本は、黒澤明監督の不朽の名作『生きる』(1952年)が、イギリスを舞台に蘇った作品。
脚本は、小説「日の名残り」「わたしを離さないで」などで知られるノーベル賞作家カズオ・イシグロ。
若い頃この黒澤映画に衝撃を受け、そのメッセージに影響されて生きてきたというイシグロ氏が、新しい『生きる』を誕生させました。
イシグロ氏は、黒澤映画の“何事も手柄や称賛のためにやるのではなく、それが自分の成すべき事だからやる”……そんな人生観に魅力を感じているそうです。
【STORY】
1953年、第二次世界大戦後のロンドン。
公務員のウィリアムズは、今日も同じ列車の同じ車両で通勤する。
ピン・ストライプの背広に身を包み、山高帽を目深に被ったいわゆる“お堅い”英国紳士だ。
役所の市民課の課長である彼は、部下に煙たがられながら事務処理に追われる毎日。
家では孤独を感じ、自分の人生を空虚で無意味なものだと感じていた。
そんなある日、彼は医者から癌であることを宣告され、余命半年であることを知る――
【REVIEW】
戦後10年足らずのイギリスの通勤風景や、建造物、役所の雰囲気、人々の立ち居振る舞いが、これぞイギリス!
典型的な英国紳士であるウィリアムズは役所に勤務していて、判で押したような無味乾燥した毎日を送っている。
けっして悪人でもなく、ずるい人間でもないが、情熱に欠け、感情に起伏がない……一言で言うと「面白くない」人間。
ところが、自分の余命を知ったことで、歯車でしかなかったこれまでの日々に別れを告げ、自分の人生を見つめ直そうとする。
そんな時、彼はかつての部下で転職したマーガレットに偶然再会し、バイタリティ溢れる彼女から大きな影響を受けるのだ。
生きているのに、生きていない……そんな彼に、マーガレットは面白い(というか恐ろしい)あだ名をつけていたと告白する。
ちなみに、黒澤版では主人公は「ミイラ」というあだ名をつけられていたとか。
ウィリアムズは「(真に)生きることなく人生を終えたくない」という思いに気づき、生きなおすためにあることに取り組む。
彼の取り組みは、やがて無関心だったまわりの人々をも変えることになるのだった。
主人公ウィリアムズを演じたのは、脚本のカズオ・イシグロが当て書きしたというイギリスの国民的俳優・ビル・ナイ。
このビル・ナイ演じる主人公の佇まいがイギリスの品格そのもので、キャスティングは完璧だ。
黒澤版では、主人公を演じた志村喬が夜更けの公園のブランコに乗って「ゴンドラの唄」を口ずさむシーンが、多くの人々に感銘を与えた。
その同じシーン、イギリス版はスコットランド民謡の「ナナカマドの木」がビル・ナイによって歌われる。
雪の降る中、ブランコに揺られながらこの歌を口ずさむウィリアムズの後姿に、静かな感動の波が胸に押し寄せてくる。
「どう生きたか」、そしてこれから「どう生きるか」ということを、自分自身にあらためて問いかけたくなる作品だ。
出演:ビル・ナイ/エイミー・ルー・ウッド/アレックス・シャープ/トム・バーク
原作:黒澤明 監督作品『生きる』
監督:オリヴァー・ハーマナス
脚本:カズオ・イシグロ
音楽:エミリー・レヴィネイズ・ファルーシュ
2022年/イギリス/103分/配給:東宝
https://ikiru-living-movie.jp/
3月31日(金)~全国公開 関西では、TOHOシネマズ梅田 OSシネマズミント神戸 TOHOシネマズ西宮OSなど