毎週金曜日配信の最新シネマ情報番組「鳥飼美紀のとっておきシネマ」。今週のとっておきの1本は、台湾と日本の合作映画『オールド・フォックス 11歳の選択』です。第60回台北金馬映画祭において最優秀監督賞他4冠に輝いた作品で、日本からは門脇麦さんが主人公の父親リャオタイライの初恋の人として出演しています。
©2023 BIT PRODUCTION CO., LTD. ALL RIGHT RESERVED
～鳥飼美紀のシネマエッセイ～
小学生の頃、私の父は某大手メーカーの下請けアイスクリーム工場に勤務していて、私たち家族は工場内にある社宅に住んでいた。自宅のドアを開けるとすぐに工場の駐車場になっていて、その奥に工場の入り口がある。父親の通勤時間は徒歩10秒足らずという超職住隣接だったので、幼心に工場の中に自宅があるのか、自宅の中に工場があるのかよくわかっていなかった気がする。学校から帰ると、カバンを置いて工場に行く。すると、白衣に長靴姿の従業員のおばちゃんたちが「おかえり～」と笑顔で迎えてくれる。そして、その日に出た不良品のアイスクリームを冷凍庫から持ってきてくれるのだ。私の毎日のおやつはアイス！ 真冬でもアイス！ そのせいか、私は冷たいアイスクリームを食べるスピードが人より速い！ 今でも速い！ 当時、工場で何種類のアイスクリームを製造していたのかわからないが、私のお気に入りはバナナ味のアイスだった。木製スティックに刺さったバナナの形をしたクリーム色のアイスは、まろやかで優しい味だったと記憶している。
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『オールド・フォックス 11歳の選択』の主人公リャオジエも、学校から帰ると父親の働くレストランに行き、厨房の片隅などで宿題をし、時々従業員から料理やデザートを食べさせてもらう。父子家庭のリャオ親子に周囲の眼は温かい。それは、親子が慎ましく真面目に暮らしているからである。映画の舞台となった1989年頃の台湾は、私の幼い頃と同じ匂いがする。貧しいけれど、皆が小さな夢を持っていて、一生懸命働き、家族で助け合っていた時代。自分の子もよその子も同じように見守る大人たちの視線が温かく、杓子定規な決まりごとのないおおらかな時代。この映画は全編を通して、そんなノスタルジーを感じる物語だ。
この作品のテーマは「他人への思いやり」。したたかに成り上がった地主の男は、主人公のリャオジエに「他人の気持ちを考える人間は負け組だ」と教える。しかし、私にはその言葉が「他人の気持ちを考えることができない人間の負け惜しみ」に聞こえる。他人との関りに誠意を持つことの大切さを忘れない人間こそ、人生における勝ち組ではないか……いや、人生においては勝ちも負けもない、ただその人なりに一生懸命歩いてきた道があるだけなのではないか。雨のシーンが多いのは台湾という土地柄もあるけれど、親子の生活がより切なく感じられると同時に、人生に必要な心の潤いも感じてしまう。
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1989年、台北郊外に父と二人で暮らす少年リャオジエ。ふたりはコツコツと倹約しながら、いつか自分たちの家と店を手に入れることを夢見ている。ある日、リャオジエは“腹黒いキツネ”と呼ばれる地主・シャと出会う。優しくて誠実な父とは真逆で、生き抜くためには他人なんか関係ないと言い放つシャ。バブルでどんどん不動産の価格が高騰し、父子の夢が遠のいていくのを目の当たりにして、リャオジエの心は揺らぎ始める。人生の選択を迫られたリャオジエが選び取った道とは…！？
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監督：シャオ・ヤーチュエン
出演：バイ・ルンイン リウ・グァンティン アキオ・チェン ユージェニー・リウ 門脇麦
2023年／台湾・日本／112分／配給：東映ビデオ
公式サイト https://oldfox11.com/
6月14日（金）新宿武蔵野館ほか全国公開
映画『オールド・フォックス 11歳の選択』挿入歌
