金曜日配信の最新シネマ情報番組「鳥飼美紀のとっておきシネマ」。
今週は、孤独な男とやんちゃなラブラドール犬の、人生再出発ロード・ムービー『チャーリー』をご紹介しました! 犬好きは必見ですよ。
~シネマエッセイ~
五月半ばのある日。お昼前からの小雨が家々の庭を優しく湿らせている。私は、淡い緑色の花で揃えた小さなアレンジメントを入れた紙袋を提げてF家の門の前に立った。インターホンを鳴らす前から鼻の奥がツンとしてくる。
その日の朝、愛犬ケイスケのお散歩友達であるラブラドールのハルクくんの死を知った。盲導犬のキャリアチェンジでFさん宅に引き取られた彼は、たしかケイスケより5歳年上だから11歳か。やんちゃなケイスケがワンワン吠えながらタックルしても、少し困ったような顔をしながら、なすがままにしてくれる穏やかな犬だ。人見知りならぬ犬見知りのケイスケにとっては、数少ない犬友達である。前の週に散歩で会った時にはいつもと変りなく元気そうだったのに、信じられない……。おそらく胃捻転だったようで、ある日突然元気がなくなり、2日も経たないうちに自宅で静かに息を引き取ったという。
インターホン越しに名前を告げると、玄関から出てきたFさんの眼にみるみる涙が溢れる。やはり本当だったのだ。あまりにも突然の旅立ちに、私もついもらい泣きをする。吠える声を一度も聞いたことがないほど、冷静でおとなしかったハルクくんは、盲導犬の訓練を受けていたので「躾の面では全く苦労がなかった」とFさん。「でも、けっこう小心者で、困った時は私を盾にして後ろに隠れてしまうこともあったのよ」とも。盲導犬として活躍は出来なかったけれど、ご夫婦と三人の男の子のいるにぎやかな家庭に引き取られ、幸せな第二の犬生だっただろう。私は持参したアレンジメントを渡した。「あ、緑色のお花! 緑色はハルクの色なの。(盲導犬候補として)生れた時の識別リボンが緑色だったから」……思わぬ偶然に、また二人で涙ぐむ。「元気を出してね」と励まし、F家を去るころには雨はもう止んでいたが、私の心には「もうハルクくんに会えない」という寂しさが滲んでいた。
翌日の夕方、ケイスケを連れて散歩に出ると突然にわか雨が降り、小さな虹が架かった。犬好きの間では「亡くなった犬は天国の手前にある虹の橋で、あとから来る飼い主を待っている」という話が信じられている。その日の虹は、ハルクくんが「ちゃんと虹の橋にたどり着いたよ」と、知らせてくれているような気がした。
家族同様だった犬との別れは悲痛だが、犬との生活は飼い主の人生を変えてくれることもある。映画『チャーリー』では、偏屈で孤独な男が、余命宣告を受けた雌のラブラドール犬をバイクのサイドカーに乗せて旅に出る。悲しい別れは避けられないが、男の人生が犬と関わったことで希望溢れるものに変わるラストは爽快。見どころは、犬のチャーリーの奥深い表情だ。彼女の演技は……ほぼ人間である。主演女優賞を進呈したい!
職場でも自宅の近所でも偏屈者として知られ、楽しみといえば酒と煙草とチャップリンの映画だけという孤独な日々を送るダルマ。そんな彼の家に、悪徳ブリーダーのもとから逃げ出してきた一匹のラブラドールの子犬が住み着くようになる。犬嫌いのダルマは何度も追い払おうとするが、やがて少しずつ心を通わせ、チャーリーと名付け自分の家に迎え入れる。やんちゃでイタズラ好きのチャーリーに振り回されながらも楽しい日々を送っていた矢先、チャーリーが血管肉腫で余命わずかだと判明する。ダルマは、雪が好きなチャーリーに本物の雪景色を見せようと、サイドカーにチャーリーを乗せ、南インド・マイスールからヒマラヤを目指し、インド縦断の旅に出る――。
監督・脚本:キランラージ・K
出演:チャーリー、ラクシット・シェッティ、サンギータ・シュリンゲーリ、ラージ・B・シェッティ、ダニシュ・サイト、ボビー・シンハー
2022 年/インド/164 分/配給:インターフィルム
公式サイト:https://777charlie-movie.com/
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6月28日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
映画『チャーリー』サウンドトラックアルバム
【とっておきシネマ】
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