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今週のとっておきの1本は、もしも第二次大戦末期に死んだはずのヒトラーが、密かに戦後も生き続けていたら……? もしも別人に成りすました恐るべき独裁者が、ある日突然、隣人として引っ越してきたら……? という2つのもしものアイディアに基づいた物語。主人公はホロコーストを生き延びたユダヤ人男性で、ヒトラーそっくりのドイツ人男性との数奇なめぐり合わせを、スリルとユーモアたっぷりに描いた斬新な作品です。
~シネマエッセイ~
笑ってはいけない状況というのがある。まだ20代の頃、母親とともに遠縁のおじいちゃんの葬儀に出た時のこと。お焼香が始まり、順番が来た故人の妻であるおばあちゃんが立ち上がったところ、足元がおぼつかなくよろけてしまった。近くにいた者が支えようとするより早く、おばあちゃんは壁に張り巡らされていた黒白の幕にすがりついてしまい、幕はベリベリと広範囲にはがれ落ちた。まるでコントのようなその情景に、2列ほど後ろの席にいた私と母は笑いをこらえるのに苦労したことを憶えている。当の本人であるおばあちゃんと、助け起こしている人たちは大真面目なのだが、それを遠くから客観的に見ていた多くの人は、心配しながらも笑いをかみ殺していたと思う。故人は天寿を全うした大往生だったので、会場は悲痛な雰囲気ではなかったとはいうものの、葬儀という厳粛な状況ではやはり笑ってはいけない。後日、友人にその話をすると「お葬式あるあるだよね。笑ってはいけないのに、笑ってしまうことが起こりがち……しかも、当事者たちが真面目に取り組んでいればいるほど可笑しく思えたりするのよね」と慰めてくれた。
『お隣さんはヒトラー?』という映画の前半には滑稽なシーンが少なくない。主人公はユダヤ系ポーランド人のポルスキーという一人暮らしの老人。人里離れたポツンと一軒家ならぬポツンと二軒家の片方の家に住んでいる。ある日、空き家だった隣家にサングラスをかけたドイツ人の老人が引っ越してくる。立派なジャーマン・シェパードを従えて……。ちょっとしたハプニングがあり、ポルスキーは隣人のサングラスの下に隠されていた「目」を見てしまう。その目がヒトラーそっくりだったため、死亡したはずの独裁者ヒトラーが生きていて、しかも隣の家に引っ越してきたとポルスキーは思い込む。そこから始まる「隣人はヒトラー」の証拠集めがユーモラスに描かれていく。だが、主人公のポルスキーはいたって真剣……いや必死である。(これはコメディだと思ってよいのだろうか? 笑ってよいものだろうか?)と観客は戸惑うだろう。笑いをこらえているうちに物語は後半に入り、隣人の正体が明かされる時がくる……。
ヒトラーやナチス関連の映画は星の数ほど作られてきた。様々な切り口で描かれているので、観るたびに新たな事実を知り、悲しみに胸を打たれてきた。しかし、この作品のような角度からの描かれ方は初めてで(少なくとも私にとっては)、意表を突かれてしまった。実話ではないものの、善と悪をキッパリと割り切れるほど人の心は単純ではないことを教えてくれる、ユニークな物語である。
【ストーリー】
第二次世界大戦終結から15年が経過した、1960年の南米・コロンビア。ホロコーストで家族を失い、ただ一人生き延びたポルスキーは町外れの一軒家で穏やかに過ごしていた。そんな老人の隣家に越してきたのは、ドイツ人のヘルツォーク。その青い瞳を見た瞬間、ポルスキーの生活は一変する。その隣人は56歳で死んだはずのアドルフ・ヒトラーに酷似していたのだ。ポルスキーは、大使館に出向いて隣人はヒトラーだと訴えるが信じてもらえない。ならばと、カメラを購入し、ヒトラーに関する本を買い込み、自らの手で証拠を掴もうと行動を開始する。正体を暴こうと意気込んでいたポルスキーだったが、やがて、互いの家を行き来するようになり、チェスを指したり、肖像画を描いてもらうまでの関係に。2人の距離が少し縮まった時、ヘルツォークがヒトラーだと確信する場面を目撃してしまう…。
監督:レオン・プルドフスキー
出演:デヴィッド・ヘイマン/ウド・キア/オリヴィア・シルハヴィ 他
2022年/イスラエル・ポーランド合作/96分/配給:STAR CHANNEL MOVIES
© 2022 All rights resrved to 2-Team Productions (2004) Ltd and Film Produkcja hitler-movie.com @STAR_CH_MOVIES
公式サイト https://hitler-movie.com/
2024年7月26日(金)より、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国公開!
映画『お隣さんはヒトラー?』サウンドトラック
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