みなさま「おばんです」山形県出身の内藤美保がお送りする「きてみで(来てみて)東北」。この番組は東北各地の紹介と、東北弁で語る民話をお届けしています。
今日紹介する東北の話題は、9月14日 日曜に宮城県大崎市で行われる「第62回 政宗公まつり」です。
大崎市岩出山は、伊達政宗公が仙台城へ移る前の12年間、血気盛んな青年時代を過ごした地です。
政宗公まつりは、昭和39年、仙台城に鎮座していた「政宗公平和像」が岩出山城跡に移されたことを契機に始められました。
藩祖政宗公が後世に残した徳を偲び、その業績をほめたたえ永く世に伝えることを主旨に始められたのが政宗公まつりです。
メインイベントとなる本まつりの伊達武者行列は、今から約430年前の文禄元年、3000人もの大勢を率いて岩出山を出発し、上洛する武者姿を再現したものです。
ほら貝を吹き鳴らし、きらびやかに身を装った騎馬武者隊・甲冑武者隊などの勇壮な様子は、まさに動く戦国絵巻そのものです。
また、この時の派手な甲冑姿が評判になり、「伊達者」という言葉ができたそうです。
他にも「独眼竜政宗」「奥州王」「遅れてきた戦国大名」のフレーズが思い浮かぶ伊達政宗公について少しお話しましょう。
政宗公は1567年8月に現在の山形県米沢に生まれました。
18歳で家督を相続すると、武将としての頭角を現し、わずか5年という早さで南奥州の大部分を平定しました。
その後1600年、34歳で仙台に本拠地を構え、仙台開府以降は、領内の政治、産業、文化の振興に力を注ぎ仙台藩62万石の礎を築きました。
また、海外との通商にも着目し、家臣の支倉常長をヨーロッパに派遣するなど海外に目を向ける先見性もありました。
1636年、江戸桜田上屋敷で70歳の生涯を閉じた政宗公は仙台の瑞鳳殿に眠っています。
瑞鳳殿は仙台空襲で一度焼失しましたが1979年に再建されました。
その時に行われた発掘調査で、完全な遺骨とともに武具や文具、日常品なども多数発見されました。
また、現在確認されている政宗公の自筆文書は千点以上あり、大名直筆の書状がこれほど現存するのは珍しいそうです。
今回は9月14日に宮城県大崎市で行われる「第62回 政宗公まつり」を紹介しました。
ではここから、東北弁で語る民話をお送りします。今回は宮城県で語られていた民話「ふくろう染め屋」です。
お話に出てくる「ほでねんだ」は「そうではない」、「ごしゃいで」は「怒って」、「ぼったぐって」は「追い払って」、「かがられる」は「いじめられる」という意味です。