毎週金曜日、夜9時からおおくりしている『とっておきシネマ』の鳥飼美紀です。
今週も、オススメ最新シネマを2本ご紹介しました。
2本目は北アフリカ・モロッコに生きる二人の女性の心の交わりを描いた『モロッコ、彼女たちの朝』という作品です。
©︎ Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artémis Productions
【STORY】
北アフリカの国、モロッコ。
臨月のお腹を抱えて、カサブランカの路地をさまようサミア。
イスラーム社会ではタブーである“未婚の母”の彼女は、仕事も住まいも失ってしまった。
住み込みの仕事を求め路上で眠るサミアを家に招き入れたのは、小さなパン屋を営むアブラだった。
©︎ Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artémis Productions
アブラは夫の死後、幼い娘のワルダとの生活を守るために、心を閉ざして懸命に働き続けてきた。
そんなアブラ母娘の居候となったサミアは、パン作りが得意で祖母から教えてもらったというルジザという伝統的なパンを作る。
そのルジザを店に出すと即完売してしまい、サミアの存在はアブラ親子の生活に光をもたらし商売は波に乗ってくる。
祭りの日、サミアに陣痛が始まる。彼女は生まれ来る子の幸せを願い、養子に出すと覚悟していたが…。
©︎ Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artémis Productions
【REVIEW】
このモロッコという国では婚外交渉と中絶が違法、未婚の母はタブー。
女性の地位が低く、夫と死別したり離婚した女性は社会から後ろ指をさされないように生きていかなければならない。
未婚の母のサミアと、夫と死別したシングルマザーのアブラ…そんな社会からこぼれ落ちてしまった二人の女性が描かれている。
サミアは、生まれてくる命に困惑し、アブラは夫を亡くした喪失感に苦しんでいる。
孤独を抱える二人が、向き合い、支え合い、心を通わせる静かな物語。
©︎ Ali n’ Productions – Les Films du Nouveau Monde – Artémis Productions
監督・脚本はマリヤム・トゥザニという女性監督。
過去に家族で世話をした未婚の妊婦との思い出をもとに作り上げたという長編デビュー作である。
その妊婦は妊娠した途端に相手の男性に逃げられ、家族や友人に秘密で出産を決意。
普通の女性に戻るために、出産後すぐに養子に出すという覚悟と母性の葛藤が、若き日の監督の心に焼き付いているという。
家父長制の根強い社会で、女性たちが直面する困難と連帯を、素朴なパン屋の日常に浮かび上がらせた作品だが、深刻な場面だけではない。
サミアとアブラが作る焼き立てのパンとスウィーツは、見ているだけでも楽しいし、異国の食文化を学べるのも映画の魅力。
サミアが作るルジザはモロッコの伝統的なパンで、生地を細く紐状に延ばし掌に巻いて形を整えるのに手間暇がかかる。
その作業の間、サミアは何を考えているのだろうか？ 祖母と暮らした故郷を？ それとも生まれてくる子どもとの別れを？
そんなことも考えさせられる印象的なシーンとなっている。
監督はフェルメールやカラヴァッジョなどの西洋画家に影響を受けたというが、作品全体の色彩・雰囲気がまさしくフェルメールの絵画のようだ。
なお、この映画の原題は『ＡＤＡＭ』。
この原題タイトルの意味がラスト近くでわかるが、実に切ない……。
悲しみと諦めに囚われていた二人の女性が新しい朝を迎える……そんなラストシーンに希望を託したい。
監督：マリヤム・トゥザニ
出演：ルブナ・アザバル ニスリン・エラディ ドゥア・ベルハウダ アジズ・ハッタブ ハスナ・タムタウイ
2019年 モロッコ・フランス・ベルギー 101分 配給：ロングライド
https://longride.jp/morocco-asa/
既に9月3日からテアトル梅田で公開中、そして今日9月17日からシネリーブル神戸で公開
