毎週金曜日に配信、最新映画情報番組「とっておきシネマ」の鳥飼美紀です。
今週は、ドイツ映画『ミセス・クルナスVS.ジョージ・Wブッシュ』をご紹介しました。
第72回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(主演俳優賞/脚本賞の2冠! グアンタナモのアメリカ軍収容所に収監された無実の息子を、取り戻すために闘ったドイツの母の1786日の実話に基づく物語です。
~鳥飼美紀のシネマエッセイ~
10年ほど前、『首のたるみが気になるの』という本を、興味本位から読んでみた。アメリカの映画監督ノーラ・エフロンのエッセイを阿川佐和子さんが翻訳したものだ。阿川さんの軽妙でノリのいい訳は時々クスッと笑わせてくれ、年を重ねた女性が感じる悲喜こもごものエピソードに深い共感を覚える1冊だった。しかもタイトルが巧い! 当時はまだまだ大丈夫と高を括っていたが、たしかに最近は老化現象のひとつとして首のたるみは気になる。こうなると、ハイネックを着るか、首にスカーフを巻き付けるか……あれこれ隠蔽策を考える私である。
さて、映画『ミセス・クルナスVS.ジョージ・W・ブッシュ』の主人公ラビエ・クルナスはドイツに住むトルコ移民で、性格は天真爛漫で時々厚かましく、ファッションポイントはスカーフとある。そういえば、ラビエはよくスカーフを身に着けている。落ち着いたオレンジの服にはアニマル柄を、スカイブルーのTシャツにはピンクとグレーの模様入り、柔らかい素材のブルーのシャツにはブルー地に茶系模様の大判スカーフを、ある時は首からさらっと垂らしたり、またある時は首元で軽く結んだりなど、なかなかにお洒落である。演じるメルテム・カプタンという俳優さんは、身体もふくよかで声のトーンも明るく言動もユーモラス。映画は実話を基にしていて、監督は実際のラビエ本人を「計り知れない強さと人生に立ち向かう勇気、そして独特のユーモアを持った素晴らしい人物」と語っている。そんなラビエのキャラクターが、この物語のベースにあるテロや収容所、政治的背景などの重く深刻な問題を束の間忘れさせてくれる……とはいうものの、夜になるとベッドで不安と悲しみに襲われるシーンのラビエの姿には胸が詰まる。
ラビエの息子ムラートはテロの容疑者としてアメリカ軍のグアンタナモ収容所に収監されてしまう。住んでいるドイツも祖国であるトルコも、国は息子を助けようとしてくれない。ラビエが人権派の弁護士ベルンハルトにアポなしで助けを求めたのは、息子が姿を消してから半年以上も経っていた。母ラビエと弁護士ベルンハルトの関係は、依頼人と弁護士というより、“バディ(相棒)”と言った方がしっくりくる。「息子を連れ戻したい」という1人の母親の奮闘から、ラビエとベルンハルト2人の“友情物語”に変化していくのが爽快で、彼らが立場を超えて理解し合い、信頼し合う姿にとても感動した。
2001 年9月 11 日に起きたアメリカ同時多発テロのひと月後。ドイツのブレーメンに暮らすトルコ移民のクルナス一家の長男ムラートが、旅先のパキスタンで“タリバン”の嫌疑をかけられ、キューバのグアンタナモ湾にある米軍基地の収容所に収監されてしまう。母ラビエは息子を救うため奔走するが、警察も行政も動いてくれない。藁にもすがる思いで、電話帳で見つけた人権派弁護士ベルンハルトの元を訪れたラビエは、アドバイスを受けアメリカ合衆国最高裁判所でブッシュ大統領を相手に訴訟を起こすことになる……。
監督:アンドレアス・ドレーゼン
脚本:ライラ・シュティーラー
撮影監督:アンドレアス・フーファー 出演:メルテム・カプタン アレクサンダー・シェアー チャーリー・ヒュブナー
2022 年 / ドイツ、フランス / ドイツ語、トルコ語、英語 / 119 分 /カラー / 2.39:1 / 5.1ch /
原題:Rabiye Kurnaz gegen George W. Bush / 字幕翻訳:吉川美奈子 映倫 G
© 2022 Pandora Film Produktion GmbH, Iskremas Filmproduktion GmbH, Cinéma Defacto, Norddeutscher Rundfunk, Arte France Cinéma
配給:ザジフィルムズ
公式サイト https://www.zaziefilms.com/kurnaz/
5月3日(金)より全国順次ロードショー
【とっておきシネマ】
ハニーFMポッドキャストで配信しています。(再生ボタン▶を押すと番組が始まります)